180話 決着


 近衛師団では会戦当初から兵力不足を認識していた。

近衛師団の兵力が大禍国より少ないのだ。

だから、前線の兵力を増やすべく、陣を守る兵まで根こそぎ前線に送っていた。

そのため、近衛師団の本陣を守る兵力は極めて少数だった。


 普通の貴族の陣であれば、この様なことはしない。

我が身可愛さもあるが、なにより本陣近くに予備兵力を置くのが戦いの定石だった。

現に大禍国本陣にも、本陣脇備えとして黒母衣衆が予備兵力として待機している。


 しかし、王国でも名うての戦闘集団である近衛師団。

彼らは貴族の次男、三男で構成される部隊だ。

手柄を上げてどこかの貴族の家に婿養子として入ることが、彼らが最も望むことだった。

なにせ自分の生まれた家は長男が継ぐので、かれら次男以下には継ぐ家がない。


 一生長男の影で冷や飯を食いながら過ごすのはごめんだ、と彼らは近衛師団へと入るのだ。

もちろん彼らは身一つで近衛師団に入るのではなく、ある程度の兵力を生まれた家から与えられている。

それを使って彼らは自らの運命を切り開こうとするのだ。


 そのような彼らのハングリー精神が、近衛師団本陣の兵力を手薄にさせた。


「戦いの奥に控える兵を多くしてなんとする。前線が崩壊すれば前も後ろもない。後方に控える兵を多くして勝てるものか。兵は前に出てこそ意味があるのだ」


 大禍国より自分たち近衛師団の兵力が少ないとわかった彼らは、こう言って前線へと送る兵を増やした。

指揮官級の貴族自らが危険となる行為だ。


 しかし、一兵卒の雑兵から指揮官である貴族まで、等しく手柄を望む王国でも珍しいこの集団では、これが普通だった。

彼らはこれで今まで戦いに勝っている。

常勝部隊といわれる理由は、こうした指揮官自らが危険と隣り合わせになることに躊躇しないことにあった。


 しかし、今度ばかりはこの蛮勇が災いした。


 進牽隊しんけんたいは森を抜けて近衛師団右翼にまわると、その後方の近衛師団本陣が意外に手薄であることに気づいた。

当初は近衛師団右翼に突撃してこれを撃破するつもりだった。

それに合わせて大禍国の左翼部隊が前進。

騎兵と歩兵が連携して近衛師団右翼を突破する作戦だ。


 しかし、進牽隊指揮官は近衛師団本陣へと狙いを定めた。


「蛇を叩くには尻尾をいくら攻撃してもラチがあかん。頭を叩き潰すのが一番いい。頭をもがれた蛇などいくらでも料理できる」


 こう言って進牽隊の攻撃目標を近衛師団右翼部隊から、近衛師団本陣へと変更した。

実際は戦略的判断が半分、自分の手柄ほしさ半分といったところだろう。

敵の名のある貴族の首をとれば手柄になる。

それには敵の部隊を攻撃するより、貴族の集まる場を攻撃したほうが手柄を得る機会は多い。

手柄を多く立てる機会と戦略目標がたまたま一致したから、進牽隊指揮官は攻撃目標を変えたのだ。


 この攻撃は大成功といっていいだろう。

進牽隊は右翼部隊には目もくれず、近衛師団本陣へと殺到した。

急増のバリケードを苦もなく突破すると、慌てて応戦する敵兵を突き伏せ、篝火を押し倒して放火してまわった。


 近衛師団本陣は進牽隊から見てよほど手薄だったのだろう。

この時、あわててテントから出てきて逃げようとする、美男美女の多くが殴り倒されて昏倒させられている。

彼らはボア族が乗るラハブにくくりつけられると、そのまま誘拐されてしまった。


 彼らは貴族やそれに仕える高級将校の妻や息子、娘といった家族だ。

遠征の場合、ある程度以上の階級になると家族を同行させることが許される。

それほど財力に余裕のある階級というわけだ。


 ボア族は男女に関係なく戦士になれるので、女の戦士は男を、男の戦士は女を誘拐する。


 余談だが、ボア族は同族の男女が交わっても子を産めない。

だから、こうして他人種の異性を調達するのだ。

乱交文化のあるボア族は、特定の異性だけと恋人関係になることは珍しい。

それゆえに、家族を守ると思って人間なら、パートナーと息子や娘を思い浮かべるが、ボア族の場合は一族全員を思い浮かべる。


 多くの異性と交わい子をなすことで、連帯感が家族から一族全体に及ぶのだ。


 調達した異性も奴隷のように扱われるのではなく、かなり丁重に扱われる。

彼ら調達異性には子をなした後に、育ててもらわなければならない。

調達異性が自分の人生に絶望して育児放棄などされてはかなわないのだ。

衣食住はもちろん保証され、望めば教育を受けたり外出も自由である。


 異性を外部から調達することで、強姦のイメージが強いボア族だが、実際は一族をあげての奉仕に近い形になっている。

実際にこの時に誘拐された異性も、8割以上がボア族の元に留まっており、元の家族の元へと帰ることを希望したものは2割にも満たなかった。


 余談を終える。


 進牽隊の放火はかなりの勢いになった。

最初はテントから人を炙り出すためだったが、それが物資集積場まで延焼した。

炎はかなりの勢いになり天高く燃え上がった。


 近衛師団にとって幸運だったのは、進牽隊の突入した地点が宿泊テントや物資集積場だったことだ。

この場所は貴族たちが集まる司令部からやや距離がある。


 炎と煙が上がったことで、敵兵が襲来したことがわかった貴族たちは逃亡することに決めた。

敵兵が、広い本陣から司令部テントを探し出して、襲来するまでまだ少し時間がかかる。

その間に逃げてしまおうというわけだ。

一見情けないように見えるがこの判断は正しい。


 貴族の名があってはじめて兵を集めることができる。

その財と名声を求めて人が集まるのだ。

自分たち貴族が生きていればこそ、復讐戦ができるというわけなのだ。


 ここ司令部テントに集まる貴族が当主や嫡男であれば、家の名誉を守るために応戦したかもしれない。

しかし、ここにいるのは冷や飯食いの貴族の次男坊以下だ。

恥もへったくれもない。

生きて手柄を立ててなんぼの生き方が染み付いた人間たちである。

名誉ある死より、生き残って自分と配下の明日の飯の心配をすることが先決だった。


 このため、近衛師団本陣からは主だった貴族の大部分が逃亡に成功している。

これは、ボア族が異性調達に忙しかったというより、近衛師団本陣にいた貴族たちの思い切りのよさの方が大き方だろう。


 しかし、残された近衛師団前線部隊は、まさに頭をもがれた蛇同然となり絶望的だった。

近衛師団本陣が炎に包まれたのは前線部隊からもよく見えた。

兵の士気は一気に低下し、逃亡者が続出した。


 まず、近衛師団右翼が真っ先に崩れた。

これは大禍国左翼が進牽隊の攻撃に合わせて前進するために、準備を整えていたためだ。

近衛師団本陣陥落を知った大禍国左翼は凄まじい勢いで前進。

当初予定した進牽隊との連携はなかったが、士気が低下し逃亡者が出ている近衛師団右翼を撃破するのはそれほど苦労しなかった。


 近衛師団右翼はあっという間に総崩れとなり、多くの者が討ち取られ、一部は森へと逃走することができた。


 一方、近衛師団左翼ではすこし状況がマシだった。

これは近衛師団の騎兵の活躍によるものだった。


 近衛師団の騎兵隊は近衛師団本陣陥落を知るや、大禍国右翼へ全力突撃を行った。

近衛師団騎兵隊は大禍国右翼を預かるヴァラヴォルフ族へと突撃すると、5段あるヴァラヴォルフ部隊の3段まで突破する活躍を見せた。


 いかにヴァラヴォルフ族の武具が魔導で補強されていると言っても、騎兵の衝撃力を防ぐことは難しい。

死傷者こそ少なかったが、部隊の再編に時間がかかることが予想された。


 しかし、この近衛師団騎兵隊の活躍もヴァラヴォルフ族の騎兵隊と、本陣から援軍として駆けつけた黒母衣衆が到着するまでだった。


 味方危うしと見たヴァラヴォルフ族の騎兵隊は、近衛師団騎兵隊の方が兵力が多いにも関わらず、これに向かって突撃して果敢に応戦した。

近衛師団騎兵隊の側面を突くことになったこの突撃は、ヴァラヴォルフ族の陣に突入する集団と後続の近衛師団騎兵を分断することに成功した。


 ヴァラヴォルフ族の騎兵隊は突撃後に一度戦場を離れると反転。

素早く戦列を整えると、後続する近衛師団騎兵隊に再度突撃を行っている。

このタイミングで本陣脇備えとして待機していた黒母衣衆が、ヴァラヴォルフ族の陣に援軍として到着。

苦戦するヴァラヴォルフ族を支えることに成功した。


 戦いの潮目が変わった。

ヴァラヴォルフ族の陣は近衛師団騎兵隊の突撃の衝撃から立ち直った。

黒母衣衆の援軍を得て、反撃に転じたヴァラヴォルフ族は自陣から近衛師団騎兵隊を蹴散らしていく。


 これを援護するはずの後続の近衛師団騎兵隊は、反転してきたヴァラヴォルフ族の騎兵と戦っており、加勢できなかった。

幸い騎兵なので足が速い。

近衛師団右翼ほど凄惨な撤退ではなかったがそれでも組織だった撤退はできず、近衛師団騎兵隊はバラバラになってしまった。

ここで近衛師団騎兵隊は組織として崩壊したと言っていいだろう。


 しかし、近衛師団騎兵隊の犠牲は無駄にはならなかった。

近衛師団騎兵隊が突撃を敢行する間に、近衛師団左翼は組織だって撤退に成功。

これに近衛師団中央部隊の半分ほどが追従し、比較的少ない落伍者だけですみ、撤退に成功している。


 近衛師団中央部隊の残りの半分は、近衛師団右翼が苦戦した段階でこれの救援に向かっっている。

こちらは近衛師団右翼の崩壊に巻き込まれる形で壊滅してしまった。

大禍国の中央部隊を預かるスケルトン集団の全兵力が、この半分になってしまった近衛師団中央部隊に集中したせいだ。


 こうして戦は終わった。

近衛師団の右翼と中央の半分が崩壊し、左翼と半分になってしまった中央部隊だけが撤退に成功した。

おまけに近衛師団本陣は壊滅し、主だった貴族たちは行方不明となっている。


 しかし、大禍国本陣を預かるボア族副族長のへプラーは、この戦果に満足していなかった。

大禍国はこのあと兵に休息を取らせた後に、夜明けとともに城攻めをすることになっている。

その城攻めの側面を突かれないように、近衛師団を壊滅させなけなければならい。

組織だって撤退に成功している、近衛師団左翼と中央部隊の半分を撃滅する必要があるのだ。


 事の真実をしる人間にはバカに聞こえる話である。

だが、この時、ヘプラーを含む大禍国本陣の大部分の者が、義清たち国の主だった者たちが王宮で暗殺されているかもしれないと、本気で信じていたのだ。

だから、彼らは大真面目で夜明けから、王宮が入る城を攻める気でいた。


 ヘプラーは兵を休息させる一方で、部隊の再編を行っている。

特に近衛師団騎兵隊の突撃で乱れたヴァラヴォルフ族はその必要があった。

族長と副族長が不在で難儀するヴァラヴォルフ族だったが、ヘプラー自らが指揮を取って再編を行っている。

比較的短時間で部隊の再編が終わりそうだ。


 また、これと同時にヘプラーは取り逃した近衛師団の捜索も行っている。

普段ならこういう足を使って探し回る仕事は騎兵の役目だ。

しかし、ボア族の騎兵もヴァラヴォルフ族の騎兵も戦いに投入したので疲弊している。


 ヘプラーは比較的疲労の少ない騎兵を選抜させると、ボア族とヴァラヴォルフ族の騎兵を混ぜて部隊を作らせ、それを捜索隊に当てた。


 近衛師団の半分を取り逃したと言っても、落伍者はそれなりに出ているはずだ。

うまくいけば部隊単位ではぐれているかもしれない。

士気も低下している近衛師団を補足できさえすれば、叩き潰すことができる。


 敵部隊追撃も騎兵の役目だ。

歩兵では撤退する敵に追いつけない。

疲弊しているが、騎兵は明日の城攻めには参加できない。

城攻めは歩兵の仕事だ。


 ならば今夜、騎兵を使い潰して極端に疲弊させても問題ない。

近衛師団の撤退した部隊より大禍国の騎兵の方が数が少ないが、撤退する敵を追撃するなら問題ないだろう。


 近衛師団を壊滅させるとまではいかなくても、再編に1月はかかるほどの痛手を負わせることはできるはずだ。


 捜索隊に足並みも馬力も違うアセナとラハブを混ぜることは非効率であり、混乱の元になるが今はあるものを使うしかない。

彼らは今が国の存亡の時と信じて疑わないのだから。


 これが王宮で近衛師団の一部と大禍国が揉めている間に、大禍国本陣と近衛師団とで起こった出来事の全てだった。


 義清が馬鹿騒ぎと呼んだ一連の出来事が王宮内で起こっている一方で、似たようなそれでいてもっと規模の大きなことが、王都郊外で行われていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る