168話 補填金


 三つ首竜が少し動くだけで、崖上にある義清たち大禍国の者がいるくるわではワアッと歓声が上がった。

三つ首竜が尻尾を少し動かすだけで数十人の近衛師団の兵士が吹き飛んだり、尻尾の下で圧死した。

それを見て大禍国の者たちは歓声を上げているのだ。


 残酷に思えるかもしれないが死が身近にあり娯楽に飢えた世界では、人の死に様さえ娯楽になる。

罪人が処刑されるとなれば、処刑場の周りは前日から人が集まり、大きな街なら屋台さえ出てくる。

罪人の首が切り落とされる時には歓声が上がり、切り落とした首が掲げられたときなど拍手喝采だ。


 そうした世界で先程まで自分たち大禍国と争っていた近衛師団の兵士が、圧倒的な力の前で死んでいくのは最高の娯楽といえた。


 義清も辺りを見回して歓声を上げる配下を見て、これでこいつらも近衛師団に対していくらか溜飲が下がると安堵した。


 そうして、ふと義清の視線が郭の一角に注がれた時、義清は飛び上がらんばかりに喜んだ。

義清は、横にいるラインハルトとゼノビアに気づかれないようにそろりと数歩下がると、少し遠くにいるアルターの元へと駆け寄り言った。


「おい、アルター」


「あ、これは大殿。いやはや、一時はどうなることかと思いましたがなんとか無事に済みそうで。それにしても下の有様はすごいですなあ……」


「うむ、まずは安心といったところだな。それよりアルター、この機に他を出し抜くぞ」


「は?なんと言われた?」


「あれだ、アルター」


 義清は郭の一角に山と積まれた武器をアゴでしゃくってアルターに示した。

万一にも三つ首竜に抵抗するものが現れないように、この郭にいる大禍国の者は全て武装解除している。

その解除した武器が広場の一角に積まれているのだ。


「黒母衣衆の再武装ですか。もう少し皆にこの最高の場を見せてやってもいいように思えまずが」


「違うぞアルター。再武装させると武器が足りなくなるだろう」


「左様ですな。仕方のないことではありますが」


 黒母衣衆しかりボア族しかりヴァラヴォルフ族しかり、再武装する時に武器が足りなくなって丸腰になる者がでてくる。


 これは先に再武装した者が他人の武器を勝手に持っていくせいだ。

一人が2本も3本も槍や刀を持っていくので、全体に行き渡らずに足りなくなるのだ。

勝手に多く持っていった者はそれを売り払って金を得る。


 ほとんどの武器は数打物で、槍や刀であっても1たばいくらで売買される粗悪品だ。

しかし、騎兵や配下を率いる者たちの武器となると、それなりの値がつくものになってくる。

特に侍大将や組頭の武器となるといい値がつく。


 それら良品を目当てにみんな好き勝手に持っていくのだ。


 盗まれる方は大損だ。


 しかし、武装解除を命じたのは族長や義清なので、責任を取って代わりの武器を作る金を補填してやらないといけない。

こうして盗まれた方も新品の武器を、他人の金でそろえられるので文句はないというわけだ。


 仮に補填する金を出さなければ配下の者たちはたちまち解散してしまうだろう。


「うちの殿様のなんとケチなことか。あのような者のしたで命は張れぬ」


こう言って、彼らは補填金をだしてくれた者の元に集ってしまう。


 義清だってラインハルトだってゼノビアだって、本当は補填金など出したくない。

しかし、自分が補填金を出さずにあとの2人が出した場合、自分の元から兵がいなくなるので仕方なくだしているのだ。


 このことがわかっていたから、ラインハルトとゼノビアはこの郭に撤退してきた時に、自族の武器と黒母衣衆の武器を混ぜようとしたのだ。


 そうして、どの部族のどれだけの武器が失われたかをうやむやにして、義清にまとめて補填金をたかろうとしたのだ。

 義清はすんでのところでこれに気づき、阻止して大損を免れた。


 目上の者、特に役職についている者には、配下は金をたかってなんぼという共通認識がある大禍国ならではの一幕といえよう。


 義清はこの補填金を払わなくてすむ方法を思いついたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る