153話 控えの間にて


 ベアトリスは顔を酒で火照らせながら、ゆっくりと三つ首竜に前進を命じた。

普通の人が発する言葉ではなく、人が叫んでいるのを少し小さくしたような言葉だ。

いくつかの音を重ねて発している。

遠い昔に人々が竜と会話していた頃の発声方法だ。


  ベアトリスは機嫌が悪い。

3人にのけものにされたせいだ。

3人とはエカテリーナ、ゼノビア、ラインハルトの3人である。


 これより少し前、晩餐会が始まった頃のこと、ベアトリスと3人は控えの間で待機していた。

これから義清が帰るまで長い暇な時間というわけけだ

他にも100人を有に超える貴族のお付きの従者が待機している。


 王宮ということで一応控えの間として一室が設けられているが、実態は机も椅子もない部屋だ。


 床に座って使用人に金を渡して、晩餐会の会場に送るはずの酒と料理を控えの間にまわしてもらう。

薄味料理を肴に酒を飲む以外にこれといってやることもない。


 他の貴族お付きの従者たちは他家との交流もあるし、同職なので集まって話が弾む者もいるが4人はそうではない。

モンスターということで煙たがられて誰も話にこない。


 4人で朝から一緒なので話の種も尽きて酒だけ飲んでいる。


 酔っぱらったエカテリーナなど近くに座っていた他家の従者に、靴から泥が飛んだと難癖つけて、暇つぶしと言わんばかりにケンカをふっかけている。


 ラインハルトもすることもないので床に丸まって寝てしまったが、いびきがうるさいので他家の従者が注意しにきた。

 2度ほどそれで起こされたが、3度目に注意しにきたときはその従者も酒が入って横柄な態度で文句を言ってきた。


 寝ぼけたラインハルトは同族かヴァラヴォルフ族が自分に無礼を働いたと思い、起き抜けに従者に馬乗りになると、顔の形が変わるほど手加減無しで相手を殴りつけ、ついには片目を失明させてしまった。


 意識がはっきりしたラインハルトは相手に謝ると、治療のために後で郊外にある大禍国の本陣を訪れるように従者に言った。


 従者は後日に本陣を訪れて視力を回復している。


 これには後日談がある。

従者は元々視力が良い方ではなかった。

回復した片目は、もう片方の目と視力が合っておらず、いわば良くなりすぎてしまった。


 従者はさらに後日に大禍国の本陣を訪れて金を払い、もう片方の目を治療して、実に数十年ぶりに健康な目を手に入れている。


 不思議な縁だが従者は片目を失って、結局両目が良くなって帰ったのだ。


 余談を終える。


 控えの間にいるゼノビアとベアトリスもすることがないのであたりを見渡すと、暖炉が目に入った。

二人は指一本だけで魔導を使い、どちらが高く火の付いた巻きを持ち上げられるかを競った。

その内にどちらかの火の付いた薪が暖炉から転げ落ちて、近くの他家の従者の背中を直撃した。


 従者は悲鳴を上げて飛び上がった。

それがあまりに面白かったので2人はゲラゲラ笑いながら火の付いた薪を従者に当て続けた。

しかし、従者の方はたまったものではない。

従者は叫びながら逃げていった。


 この時、ラインハルトが2人の近くで寝ぼけなが他家の従者を殴る騒ぎを起こしていなかったら、こちらの2人もケンカ騒ぎくらいにはなっていただろう。


 幸いこのときは控えの間の全員の注目がラインハルトの方に向いていたので、2人の騒ぎは注目されずにすんだ。


 控えの間にいる全員が大禍国はなんと野蛮な連中かと思わずにはいられなかった。

酔っ払うとまるで人をオモチャにするようにしてケンカ騒ぎを起こそうとする。

これが野蛮でなくてなんだというのか。


 しかし、中には物好き連中もいるもので酔っ払った辺境に近い小規模貴族の従者を中心に、元気があるなあと話しかけてくる者たちもいた。


 彼らは腕っぷしが物を言う辺境出身だけあって多少のケンカくらいどうということはない。

しかし、そんな彼らから見ても大禍国の4人は自分たちを超える度胸の持ち主とみえて、酒の勢いをかりて話しかけてきたのだ。


 彼らは辺境の冒険物語や近頃の王宮政治に対する不満と愚痴などを4人と語り合った。

特に西方に近い貴族の従者ほど政治に不満を持っているようだった。


 和平が行われたにも関わらず西方諸国との小競り合いはいまだに続いており、それを食い止めている西方の辺境貴族には不満が溜まっているのだ。

自然と貴族の下につく従者にもそれがうつってくる。


 そうした中で、4人がちょっかいをかけていたのがたまたま王宮に近い中央貴族の従者だったので、辺境貴族からすればいい気味だったのだ。

 だから彼ら辺境貴族の従者たちは大禍国の4人に話しかけてきたのだ。


 4人と辺境貴族の従者たちは車座になって、広場で一番いい場所の暖炉の前に陣取って飲んでいた。

元は中央貴族の従者がそこにいたが、大禍国の4人が叩き出したのだ。


 酒盛りは大いに盛り上がった。

宴もたけなわとなった頃、大禍国の兵数人が入ってきた。


ここから一気にベアトリスの機嫌が悪くなっていく。

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