152話 恐怖


 時間が前後する。

 王宮内にも関わらず近衛師団と争う大禍国は、王宮入り口で近衛師団と争うも後退。

さらに王宮中腹の広場で一戦交えるも決戦にはならず、ここからも後退。

王宮の奥へ奥へと後退し続けていた。


 ちょうど義清が王国宰相代理のシュタインベックにテラスで見つかった時のことである。

ゼノビアが筒衆を指揮して射撃した後、後方のラインハルトが指揮する陣へと下がった。


 ラインハルトの陣がある所は城兵である守備隊が、集合することを目的に作られた場所である。

ここに何百人もの兵士を集合させて一気に前進、城の奥へ侵入しようとする敵兵を迎え撃つのだ。


当然今は城を守る守備隊などおらず、大禍国の兵だけが広場のようになっている場所に陣を構えている。


 ゼノビアが筒衆の指揮を終え、ヴァラヴォルフ族の組頭とボア族の伝令に暴筒の射撃をやめるよう注意された後に広場へと退却してきた。


 その直後。


「それ放てえぇ!!」


 ラインハルトの大声で広場に一列に並べられた筒衆が射撃を開始した。

ラインハルトの周囲のスケルトン筒衆が一斉に暴筒を射撃する。

やや遅れてラインハルトから離れた列端に近い筒衆も射撃した。

広場に侵入してきた近衛師団に弾があたり、バタバタと兵士が倒れる。


 義清が下手くそと言ったラインハルトの射撃がこれだ。


「だから、一斉に撃つなとあれほど言っただろう!!」


 号令を発した直後のラインハルトにむかって、走ってきたゼノビアが後ろから頭を殴った。


「な、なんだ!?言われた様にまとめて撃ったではないか」


いきなり殴られたラインハルトが後頭部をさすりつつゼノビアに言った。


「スケルトン連中はアタシらほど耳が良くないんだよ!!お前の号令が聞こえてないからバラバラに撃ってるんだ。暴筒はまとめて撃たないと意味がないんだよ!!」


 ゼノビアの言うことはもっともだった。

事実、先程のラインハルト射撃は一斉射撃と似て非なるものだった。


 まず、ラインハルトが射撃の号令を発する。

次にそれを聞いたラインハルトの周囲のスケルトンが射撃を開始する。

ここまでは問題ない。

問題はその後だ。


 ラインハルトによって一列に並ばされた筒衆は端に近い者ほどラインハルトの声が聞こえずらい。

もっと言うなら、ラインハルトが号令を発した直後にラインハルトの周りの筒衆が撃ち始めるので、その射撃音で号令がかき消されるのだ。


 要するに、一列に並んだ筒衆の両端に近い、筒衆の3分の1程がラインハルトの号令を合図に撃っているのではなく、隣が撃ったから慌てて自分も撃っているのだ。


 ゼノビアはこのことに怒っているのだ。


「アタシが何度も言っただろう。筒衆はまとめて使うんだよ。バラバラで使ってどうするんだい!!」


「だから!!俺は一列に並べてまとめて使ってるだろう。みんなが一斉に撃ってるではないか」


「一列に並べた端の奴にはお前の声が聞こえてないから、適当にバラバラに撃ってんだ。暴筒は見せかけなんだ。脅しと一緒なんだよ。暴筒の威力は音と見た目ほど派手じゃないんだよ」


 ゼノビアは一度実戦で暴筒を使ってるだけに暴筒をよく知っていた。


 暴筒は10発撃ったら3発しか当たらない程度の命中率しかない。

ハズレた7発は目標の手前か奥に飛んでいってしまう。


弾が放射線を描いて飛んでいくせいだ。

暴筒の後ろは衝撃を逃がすために地面についている。

目標に対して水平に構えられないので自然と命中率が下がるのだ。


 それでも暴筒を撃たれる側は恐怖する。

人が10人並べばその内の3人は暴筒に当たって死ぬことになる。


自分の隣の人間が撃たれて腕が飛んだり、ハラワタを飛び散らして死んでいく。

それに恐怖するなという方が無理だろう。


 暴筒の最大の武器は音だ。

凄まじい轟音が鳴った直後に人が死ぬ。

音が鳴れば必ず何人か死ぬというのを相手に印象づけるのが鍵となる。


 だから暴筒は必ず集団で撃つのだ。

数十人並べて射撃して必ず何発かは命中率させる。

音が鳴れば必ず誰か死ぬ状況を作って、相手を恐怖させる状況をつくりだす。


 これが暴筒の運用方法だ。


 ラインハルトのように全筒衆を一列に並べて撃つと、端に近い3分の1程はバラバラに射撃する。

ただでさえ命中率の低い暴筒をバラバラに撃つので当たっていないのが目立つ。

集団で撃ってさも大量に当たっているように見せているのに、バラバラに撃つのでハズレているのが目立つのだ。


 これでは敵を恐れさせることができない。


 恐れないとどうなるのか。


「クソッ!!やっぱり突っ込んでくるぞ!!」


ゼノビアが舌打ちをしながら言った。


 近衛師団は盾持ちの兵を先頭に前進してきた。

暴筒の射撃で被害が少なかったので、チャンスと見て一気に懐に飛び込み乱戦に持ち込み決着をつける気だ。


乱戦になれば数に勝る近衛師団が有利と考えたのだろう。

近衛師団はゼノビアの指揮する筒衆ほど、ラインハルトの指揮する筒衆に恐怖しなかったのだ。


「筒衆下がれ!!急げえっ!!」


 ゼノビアが大声を上げて筒衆を後方へと下げる。

弾込めに時間がかかる筒衆は近衛師団の前進に対応できない。

第2射を放つ前に敵の剣の餌食になってしまうだろう。


「ヴァラヴォルフ族先手衆、前進しろ!!敵を迎え撃て!!」


 筒衆の後退と入れ替わってゼノビア配下のヴァラヴォルフ族の、先手衆と呼ばれる先駆けを得意とする精強な部隊が前に出る。

 ゼノビアは組頭が連れてきたアセナに飛び乗ってラインハルトに言った。


「ラインハルト、筒衆を連れて奥へと下がりな。もう一度やり直しだ。今度は必ず筒衆を組分けして交代で撃たせるんだ。今見てわかっただろう。筒衆全員で一斉に撃つと後が続かなくなって敵が突っ込んでくるよ。弾込めさせる時間を作るんだ、いいね!!」


「わかった。次は成功させるわい!!」


 エカテリーナは高いところから先手衆を指揮すべくアセナに乗って駆け出した。

ラインハルトも配下のボア族と筒衆を率いて城の奥へと下る。


 一見頼りなく見えるラインハルトの筒衆の指揮だが、ゼノビアは次は成功すると信じている。

それほどラインハルトの戦勘は優れているし、学ぶ速度も早い。

そのことをゼノビアは信頼している。


 今のラインハルトの筒衆の不手際は射撃というものを見たことはあっても、指揮について知らなかったゆえのことだ。


 次にラインハルトが指揮すれば殺れる。

その確信がゼノビアにはあった。

なんだかんだいってもゼノビアとラインハルトはお互いを信頼しているのだ。


 しかし、信頼し合う二人も王宮の奥でベアトリスが3つ首竜に跨り、今まさにこちらに向かっているとは夢にも思っていない。


 そして、いつの間にか消えたエカテリーナのことを二人は忘れていた。

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