148話 疑念


 王国宰相代理であるシュタインベックが「それ」を見つけたのはまったくの偶然からだった。

貴族の相手に疲れて一息入れに彼は大広間を抜け出した。


玄関ホールでタバコを吸っていると、ホールの真ん中に奇妙なものを発見した。

誰もいないホールの赤い絨毯の上に茶色い壺があったのだ。


王宮にある貴重品に思えず、2階からホールを見ているシュタインベックでさえわかるほど、汚く古びれていた。

シュタインベックはすぐに使用人を呼んで片付けるよう指示して大広間に戻った。


 大広間へと戻ったシュタインベックはひとしきり貴族と談笑する。

話の流れで何人かの貴族と一緒にタバコを吸いに行くことになった。

そこで大広間を出て玄関ホールに行くと、まだ壺があった。


 シュタインベックは激怒した。

封土祭の全てはシュタインベックが仕切っている。

逆をいえば何か不始末があるとシュタインベックの手腕を疑われるのだ。


シュタインベックはタバコを吸いながら貴族と談笑し、壺が貴族たちの視界に入らないよう気を使った。


 適当な理由をつけてその場にのこり、貴族たちを大広間に帰す。

そして使用人を呼び出して叱責した。

しかし、使用人から帰ってきた返答にシュタインベックは、また激怒する。


「どんなに押しても引いても、壺が動かないのです」


 この返答にシュタインベックは使用人の顔を叩きそうになった。

シュタインベックは使用人がサボった言い訳に、デタラメを言っていると思ったのだ。


ならば見ていろと、シュタインベックは玄関ホールへと続く階段を駆け下りる。

そして、壺を足で思い切り蹴飛ばした。


 壺はピクリともしなかった。

それどころかシュタインベックは、壺を蹴った感触がなかった。

まるで水か飴細工を蹴ったような奇妙な感覚がシュタインベックの足を襲った。


「あんまりそれに触らない方がいいと思いますよ~」


 ホールの太い柱の影から女の声がした。


「だれだ、そこにるのはっ!!」


シュタインベックが鋭く言うと女が影から出てきた。


「貴様‥‥見た顔だな。そうだ、不敬にも領主でもないくせに、あの異形の身が王の間に入ってくるときに一緒にいただろう」


「名前覚えてなくてどーもで~~す」


 柱の影から出てきたのはベアトリスだった。

酒瓶を片手に顔を真赤に染め上げている。


「それより、それに触んない方がいいですよ。あんまりいいものじゃないですよ」


ベアトリスは壺をアゴでしゃくって示すと、酒瓶を上に向けてゴクゴクを飲んだ。


「ふん、ガキが己の酒の限界量も知らずによく言う」


湯気が出るほど顔を赤くしているベアトリスを見てシュタインベックは言った。


「お世話様、私はあなたより年上ですので~」


「この汚らしい壺はお前のものか?さっさとどけろ。ここは貴族たちが出入りする場所だ。邪魔でしょうがない」


「ぜんっぜん、その壺は全然ベアトリスちゃんのものではありませ~~ん。ただ、それがよくないものだってことはわかりますよ」


「では、知っているのだな、この壺がなにか?さっさとこれをどけろ」


 そう言ってシュタインベックは壺を足で小突いた。

直後、ピシリと音を立てて壺が真っ二つに裂けた。


目玉があった。


 壺の底には床から生えるようにして目玉1つあり、周囲を忙しげに見回している。

やがて目玉は身を起こすようにして起き上がった。

するとそこには竜の頭があった。


 先程まで目玉だと思っていたのは竜の目だけが、床から出ている状態だったのだ。

目玉だけでも巨大だったものが、起き上がると竜の頭になった。

人一人など楽に飲み込めるほど巨大な頭だけが、ニョキリと床から生えている。

竜の頭は忙しげに周囲を見渡し始めた。


「な、なんだこれは!?いったいこの竜はどこからあらわれた?」


シュタインベックは戸惑って一歩下がる。


 竜の頭は何か言いたげに口を開閉している。

カチンカチンと口の奥から音がする。


「なんだ?何か言いたいのか?」


「それ、喋ろうとしてるんじゃありませんよ」


「なに?では、なにをしているというのだ」


「あなたを殺そうとしてるんです。息吹ブレスを吐きたいんですよ。炎か雷か氷かはたまた瘴気か知りませんけど、口があなたに届かないんで息吹で殺そうとしてるんです」


「なんだとっ!!」


 竜は口の開閉をあきらめると、頭を前後左右にに振り始めた。

ゆっくりとだが確実に頭の下から首が現れ始めた。

これを見てベアトリスは飛び上がって喜んだ。


「すごいすごいっ!!この子は信託に触ったことがあるんですねっ!!空間をねじ曲げるなんて!!これならこの子は生き残れますよ」


「き、貴様、許さんぞっ!!」


 何を許さないのか知らないが、そう言うとシュタインベックは玄関ホールの階段を駆け上がって大広間へと急いだ。


 玄関ホールを去る直前にシュタインベックが振り向くと、竜は首を振るわせて頭で床を叩きながら地響きを立ててゆっくりと床から生えてきていた。


その竜の首の横で、ベアトリスが嬉しそうに飛び上がりながら、酒を喉を鳴らして飲んでいる。

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