131話 迷惑


「続きまして入場されますは‥‥」


「いい加減にしろっ!!」


マシューの声を王の横に控える侍従者がかき消した。


「いったい1国だけで何人の人間を入場させる気だっ!!恐れ多くも陛下の御前で新参者が調子にのるなっ!!」


 マシューの不安が現実のものになった。

王宮ではこのような王の前に姿を表す場では、各家の当主1人だけが入場する慣習がある。現当主が隠居し次代当主に代替わりするときにだけ、当主と次代当主2人の入場が許される。逆に言えば王宮や影響力のある大貴族に代替わりが認められた証として2人の入場があるのだ。


 大禍国おおまがこくでもラビンス王国にこの慣習があることは知っていた。

義清も当初はこの慣習に従い自分1人だけで入場しようと考えていた。しかし、エカテリーナやベアトリス、ラインハルトにゼノビアは自分も入場すると言ってきかない。結局4人が場を収めることができるならばよしとするということで話が決まった。


 4人は法に記載されているならそれに従おうともしたが、いつはじまったかもわからない半ば惰性で続いているような慣習に従うなど、まっぴらごめんだった。必要なら法に則り厳格にすべきところを王国はそれを放棄してきたと4人は考えたのだ。調べてみると各家の当主代替わりは当初は王宮の承認だけもらえればよかったようだ。


 それが王の権威が弱まり、いつの頃からか有力な大貴族にも根回しが必要になりだしたのだ。

その根回しには当然の様に金が動くし、代替わりの段階で敵対している領地をかすめ取ろうとする領主もあらわれる。大貴族はそれらから最も自分の利益になりそうな者を選んで、王宮を差し置き当主代替わりに口を出すのだ。


 この慣習はいわばいまのラビンス王国を象徴するようなものだった。

貴族の大半が余計な慣習と思っているが、一部の大貴族の為に存在するのがこの慣習だ。しかも、法に記載されない曖昧なところがたちが悪い。動く金が天井知らずで、大貴族は王宮を差し置いてますます大きくなっていく。


 エカテリーナは政治を司るだけあって、当初からこの慣習に疑問を持っていたが調べる内に従うどころか反発して然るべきものだとわかった。


 そこで4人で議論し王宮の呼び声役の者を抱き込み、強引に入場してしまおうということに決まった。

アルターがマシューに金を渡したのがこれだ。マシューも当然この慣習を知っていたので、いきなり自分がラビンス王国中から非難されかねない争いの渦中投げ込まれて、とんでもなく迷惑していた。


 しかし、金をもらった以上、なにより殺されないためにも仕事をやり遂げるしかなかった。

マシューが初めてアルターと出会った日にことになっている衛兵はいまだに見つかっていない。マシューは学校に通える程には裕福だったが、なんとなく生きてきた感はいなめなかった。演劇役者志望なのもなんとなくそれに向いていたからに過ぎない。


 マシューは生まれて始めて命をかけて何かをやろうとしていた。

例えそれが巻き込まれたことであっても人生を好転させるチャンスだった。この仕事が終われば大金と街の劇場で役者の仕事を融通してくれる手筈となっている。危険な賭けだが街の評判では大禍国は過大な要求をしてくるが、それに見合う報酬をくれるという。なにより約束を守らなければ殺されるが、向こうから約束を破ることはない聞いた。


 マシューはこの騒動の渦中で大金と自分の望むものを得るには、それなりの努力どころか命がけでないとそんなものは手に入らないことを知った。


 侍従者の声を合図に衛兵がマシューが控えるカーテンへ迫ってくる。

呼び声役のいる場を制圧して、さっさと大禍国代表である義清を呼び出そうしているのだろう。

しかし、大禍国の者がこれを黙って見ているはずがなかった。

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