95話 祖父と孫


「まさかこれほど奥地まで下っているとは」


 ウルフシュタットは馬を降りながら呟いた。

日が沈みかけた頃、ウルフシュタットは自分の祖父であるヴォルクス・ローゼンの戦陣へと入った。

 大森林で民の統治に当たるウルフシュタット率いる、東方統治部隊はその任を終えて自領へと帰還する最中だ。

ウルフシュタットは撤退前にラビンス王国へ、義清率いる大禍国おおままがこくが大森林で勢力を急速に拡大中であることを報告している。

すでにいくつかの入植村は大禍国おおままがこくの勢力下にありラビンス王国の統治から離れている。

 ウルフシュタットは大禍国おおままがこくのことをラビンス王国に報告した時、祖父ローゼンが率いる東方大遠征が引き返してくるものと思っていた。

しかしウルフシュタットの考えとは逆に、東方大遠征の最高指揮官ローゼンの戦陣は自領の奥深くにまで後退していた。

 ウルフシュタットは手近なローゼンの兵に祖父の居場所を聞くと、兵に案内されてローゼンのテントへと入った。ローゼンは机に向かい執務中だったがウルフシュタットの姿を認めると喜んで迎え入れた。


「よく来たウルフシュタット。いま何か持ってこさせよう」


ローゼンは兵に指示すると温かい飲み物の軽食を運ばせた。二人は東方大遠征以来の再開を喜んだ。

 軽食を食べ終え談笑もひとしきり終えると、ウルフシュタットは本題へと話題を移した。

ローゼンもウルフシュタットが何か重要な話を持ってきていることは察していた。立場はどうあれ何か重い話をする前にも、談笑するだけの余裕をお互いが持っていることが二人の領主としての格を表している。


「戦陣がここまで奥地に下っているとは思いませんでした。私の報告はお聞きになりましたか?」


「聞いている。お前が撤退した時にいくつかの入植村が大禍国おおままがこくの勢力下に入っているということは、今頃はかなりの範囲が大禍国おおままがこくの支配下にあると見ていいだろう」


「単なる烏合の衆ではありませんでした。私が見ただけでもボア族にヴァラヴォルフ族、スケルトンにスケルトンナイト、チラリとしか見ていませんがスケルトンの大主教までいた様子。よく統率が取れており、ダミアンなどボア族の長に腕を斬り落とされる始末です」


「なんだと!?ダミアンは腕をなくしたのか!!」


驚くローゼンを落ち着かせてウルフシュタッは、ダミアンが実力違いの相手に決闘を挑み、それが元で腕を無くしたが大禍国おおままがこくの治療で元通りになったことを説明した。


「なるほど、迷宮で四肢を無くした者が接合したり、死者を蘇生させるのと同じような話だな。いや、しかし最初に話を聞いた時は肝を冷やしたぞ」


「驚かせてしまって申し訳ありません。私もはじめて見る治療法で驚くばかりです」


「そのダミアンの腕に塗った軟膏とやらは残っているか?魔術師に調べさせよう」


ウルフシュタッとは苦笑しながら首を振って話を続けた。

 実はウルフシュタットもローゼンと同じ考えを持ち、ダミアンの腕に巻かれた軟膏が染み込んだ包帯を保存しようとした。村を離れてから兵にダミアン腕の包帯を取らせ、それをウルフシュタットが手に取ったその時、包帯は勢いよく燃え上がった。驚いたウルフシュタットは慌てて包帯を投げ捨てた。包帯は燃えながら蛇の様に動き、やがて灰になるとそこには文字が浮かび上がっていた。


「それでそこにはなんと書いてあった?」


ローゼンが興味深げにウルフシュタットに聞く。


「「沈黙は死をも回避する」です。みだりに人に喋らない方がいいようですね」


ローゼンは机に肩肘着くと一呼吸おいて言った。


「複数の種族を束ねるは骨顔の狼。それらは未知の技術と屈強な兵を有し、それらが王国の東で急速に勢力を拡大中か。次の東方遠征は前回とは比べ物にならんだろうな」


「爺様は怒るかも知れませんが、ヴォルクス家のみですが、次の東方遠征では被害を少なく出来るかもしれません」


ウルフシュタットは不思議がるローゼンに義清とヴォルクス家の間に密約ができていることを説明した。


「かの国は私達が約束を違えぬ限り、ヴォルクス家への攻撃は手加減が入ったものになるはずです。王国を敬う爺様には不快かも知れませんが、これもヴォルクス家を思ってのことと、どうかご理解ください」


頭を垂れるウルフシュタットにためため息をつきながらローゼンは答える。


「お前のそういうところは私の若い頃にそっくりだ。下手をするとそのツケが何倍にもなって返って来ることになるのだぞ。お前の歳でそれはまだ早い」


申し訳ないと謝るウルフシュタットに仕方ないと答えながら、ローゼンは杯に入ったホットワインを飲み干すと言った。


「まあ、しかし私もお前に謝らなければならないことがあるのだ」


不思議そうに顔を上げたウルフシュタットにニカリと笑ってローゼンは言った。


「私は次の東方遠征の総指揮を取ることをやめた」

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