94話 宴1-2
クロディスの民にとって外部との情報交換は大切なものだ。
基本的に砂漠からで出ないクロディスの民は砂漠以外で何が起こっているかを知るには、たまに砂漠を通る旅人か北の帝国の商人と話す以外にない。だからクロディスの民は旅人をもてなす。村があるオアシスの一番上等な家に迎え入れ個室を与えて料理も豪勢な物を振る舞う。長老会などの統治機関から見ればこれらの振る舞いは打算的だが村からすれば、よその土地からくる人の話は娯楽の中でも一級品だ。村を訪れた旅人が自分の出身地以外の土地を2つ以上踏んでいる場合は、特に話が盛り上がる。クロディスの民にとっては砂漠の隣の土地の話を聞くことはあっても、隣の隣となると自分たちの生活様式とは何もかもが違い、その新鮮さは神秘的とさえ言えた。
そういった理由で長老会でも自然と外から来た人と話そうとするのは当然な流れだったのだ。
義清の向かいに座るクロディスの民が手を下ろすと、咳払いして言う。
「今年のこの会の進行役は私ですので、私が皆を代表してお話しさせていただきます。義清さん、鉱石をそちらに融通する話とそちらの傘下に入り外敵と戦う件はヴァジムから聞いております」
「まず、訂正から入って申し訳ないが鉱石はすべてこちらに譲ってもらうわけではない。七対三の割合だ。こちらの七の値段は他国より一定の安さが条件だが、これについてはこちらも帳簿と相場をクロディスの民に公開する。そこから値段選定といこう。三についてはそちらで好きに売買してもらって構わん。無論ワシらに売ってくれても構わんが値段は先程の条件が適用されんのでそっちで好きに交渉するといい」
これを聞いて長老会はざわついたが義清は構わず続けた。
「次に外敵と戦うと言うのもいささか語弊がある。ラビンス王国との戦と砂漠に敵が侵入する場合やその恐れがあるときに限りクロディスの民は出兵の義務を負う。北のラファルノヴァ帝国や宗教国家デゥルキオなどが砂漠経由で大森林に侵入することがあればそちらは出兵するが、逆に大森林経由で砂漠に侵入される場合は、クロディスの民に出兵の義務はない。この場合は出兵すれば相応の対価を
ここで進行役を名乗ったクロディスの民が言った。
「寛大な提案ですが、寛大すぎるのでは?こちらの得が多いというか、そちらは損とまではいいませんがかなりの譲歩がみられます」
「怪しむのはわかる。しかしこれは先を見据えてのことだ。我々としてはクロディスの民を一種のモデルケースとしたい。この先我らが従える国が、従ったらどうなるかというものを示してほしい。今回の狙いはそれだ」
「おっしゃることはわかります」
「それにそちらは今回の一連の出来事を恩に感じているから、我らの傘下に入っても構わんと思っているのだろうがこれはそう長く続くとも思えん。今回の事を記憶する者が少数になったときに、圧政を敷いては必ず自治を求めて争いが起きる。それを外的に漬けこまれんとも限らん。それならば最初から不満が少ないやり方のほうが得だ」
「考えはわかりました。実を申しますとこちらもどこかの国と同盟するか傘下に入ることを検討していたもので、これは願ったり叶ったりでございます」
「なぜその様なことを?」
「世界は変わりつつあります。私達の祖父母が村ごとに、オアシスごとに争っていた時代がありました。その時はそれで良かったのです。外敵もおらず、いたしても村で撃退できるほどでした。しかし私達が砂漠全体でまとまったように、人間もまとまった。もはや村だ砂漠だと言う次元での争いではないと感じていました。北の帝国に付くか南の王国に下るか、何にしても旅人から聞く話は人間の国が大きくなる一方でかつての小さな領地争いをする人間は少なくなりました」
ここで進行役は首から下げた宝石と骨でできた飾り物を触って一瞬黙った。恐らく先祖から受け継いだたぐいの大切な品だろう。その品に触れることで一瞬だけだが古き良き時代を思い出したのだ。
「しかし若い世代にはそうした事情は通じません。現に今回はたまたまラビンス王国に負けましたが、本来ならあの程度の軍勢など最初の村である程度抵抗する間に、砂漠全体から兵を集めて容易に撃退できます。しかしそれは一勢力のみの話で、複数の勢力に同時侵略されればこちらは押し込まれるでしょう」
だから今回の件は渡りに船だったのですよと笑いながら進行役は義清に言った。
その言葉はどこか物悲しげだった。
彼らは自分たちの限界を知っていしまったのだ。砂漠では食料や水に限りがある。それ故にクロディスの民の人数には限界があった。繁殖数の限界だ。それはそのまま兵力限界に結びつく。
かつて親が寝る前に語った勇猛果敢な祖父母達の戦いの話に一喜一憂しながら彼らは大人になった。しかしそこで待ち受けていたのは種族としての限界と外敵の勃興だった。僅かに残った戦いを知る世代は言う、今のうちにどこかの勢力に入れと。かつて自分達身内で争った戦いが悲惨だったのは言うまでもない。しかし種族が違う外敵はそれ以上だと。争った後に勢力に入って、ある程度の自治を貫くにはかなりの犠牲と戦運がいる。それを払う前に少しでも有利な条件でどこかの勢力下にあったほうが良い。
北の帝国はジワジワとその巨体を、更に大きくして砂漠に達しつつある。南の王国は東での戦に負けて以降不穏な空気に包まれている。そしてほとんど情報が入ってこない北の宗教国家。そんな巨大勢力の狭間で生きる自分たちクロディスの民が、独立の限界がきているのは時代の流れというほかなかった。
しかし若い世代にそれを説いてもわかりはしない。反発は必至だ。彼らは戦う事を良しとし、戦いもせずにどこかの勢力に下るなら死ぬほうがマシと平気で言うだろう。そうなれば和平派と好戦派で対立する。それを外敵に漬けこまれればあっさりとクロディスの民は滅ぶだろう。
長老会は頭を悩ませ続けた。どこかの勢力に入ろうとすれば内部分裂の恐れがある。しかし平和で人間が完全にまとまりきっていない今を置いて時期は他にない。誰にも相談できず長老会内部だけで秘匿される種族の行く末。
そんなときに事態は長老会が尤も恐れた外敵の侵入を受け、クロディスの民はあっさりと敗北した。
種族として滅びかけたその時に登場したのが、義清率いる
進行役は義清に、クロディスの民が置かれたこれらの現状を包み隠さず話した。他の長老から反対の意見はなかった。
「そういうわけでしてな義清さん、こちらとしては本当に絶好の機会なのですよ」
「現状はわかった。心配するな。ボア族ベアヴォルフ族と言えど完全な我が配下ではない。ワシの配下は黒母衣衆のみだ」
「なんとそれはまた奇妙な」
「二人の族長に話を聞くといい。独立のイロハを教えてくれるだろう。くれぐれも話しすぎるな。食い物にされかねんぞ」
「よろしくご紹介ください」
笑顔で話していた進行役はすっとその笑顔消して真顔になると、アグラのまま拳をついて頭を下げた。他の長老もこれに続く。
「どうかクロディスの民を末永くお導き頂ますよう、よろしくお願い申し上げる」
義清も居住まいを正してそれに答える。
「クロディスの民の行く末、確かに承った」
一杯の杯に注がれた酒をそれぞれが順に酌み交わす一連の儀式を終えた後、義清と長老会は連れ立ってテントを出た。両人は宴の席を共にし友好を周囲に示した。
三種族の笑い声は砂漠にどこまでもこだまし、夜は更けていった。
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