85話追撃2-2

 貴族軍を鏖殺おうさつしたシュレンゲの群れは腹ごしらへと移った。奇妙なことにシュレンゲたちは死体には目もくれず鎧や武具を食べ始めた。時には群れの中で獲物を巡って争いが起こるほどだ。めぼしい金属類がなくなってから、やっとシュレンゲたちは貴族軍の死体に手を付けはじめた。鎧さえも容易く噛み砕くその牙と顎で、貴族軍は死体さえ残らない。ベアトリスはシュレンゲが、肉よりも金属類を好んで食べる様子を興味深げに見ていた。その瞳には貴族軍への哀れみなど微塵もなく、ただただ生物研究への探究心だけが宿っていた。

 獲物を食べ終えたシュレンゲの群れはオアシスへと向かう。ノッソリとした動きで堂々と進むシュレンゲたちは、まさに砂漠の食物連鎖の頂点に君臨する王を思わせる。

 シュレンゲたちのが去った盆地には、おびただしい量の血溜まりと、砂丘の上に孤立する、謎の軍勢だげが残った。

 シュレンゲの群れと入れ替わるようにして、ゼノビアが配下のヴァラヴォルフ族を率いて本陣やや左手に着陣した。オアシスに多少の兵を残してきたのだろう。率いる戦士たちの数がオアシス制圧前よりいくらか減っている。ゼノビアは当初、貴族軍が登った本陣よりもやや高い砂丘に布陣しようとした。しかし、砂丘が血にまみれているとの報告を斥候から受け取ると、衛生管理を気にして本陣横に移動した。

 着陣したゼノビアの軍勢の旗を見て義清は、本陣の旗と幟を下ろしたままだったことに気づき、ラインハルトに命じて再び旗と幟を上げさせた。伝令に伝えさせ黒母衣衆も同様にさせた。

 すると砂丘に陣取る軍団も同様に旗を上げはじめた。

それを見た義清はハッハと笑うと呟いた。


「機転がききよるわ。我らが旗を下ろした時にあやつらも下ろしたか」


「正確には本陣が下ろした後ではなく、黒母衣衆が下ろした後に彼らも下ろしましたわ」


エカテリーナが義清の呟きを聞き逃さずに答えた。


「さーて、どうしますかな。人数はこちらが多いし三方を囲んだに等しい。一当たりしてみますか?」


ラインハルトが張り切って言う。

 ラインハルトにしてみれば絶好の手柄の立て場だ。ボア族とヴァラヴォルフ族は今回のオアシスの一件で、手柄の建てる立場は対等になった。つまりは眼前の軍勢を討ち滅ぼすのに両族が競い合っても、何の問題もないというわけだ。ラインハルトはまるでオアシス制圧をボア族は我慢したとでも言いたげだ。自分に責任があることなど、とうの昔に忘れている。


「‥‥?、あれは帝国軍だがあいつらも攻撃するのか?」


声を発したのはヴァジムだった。ヴァジムは以外にも砂丘の上の軍勢の正体を知っていた。


「なんだ、ヴァジムはあやつらの正体を知っておったのか」


義清が拍子抜けした声を上げた。


「あの旗印は見たことがある。北からくる商人に付いて来ることもあるから間違いない」


(さて、そうなると話が変わってくるかな)


 ここで義清は考えざるを得ない。義清は達にしてみればどの国と敵対しようと自由だが、相手はなるべく少数の方がいい。今義清達はラビンス王国と対立している。恐らく遠からず本格的に戦に発展するだろう。その中で第三国に、新たに敵を作り出すのが賢い選択とは思えない。本来、国が出来る過程で複数の国と対立することは避けられない。しかし、義清達の場合は事情が異なる。誰もいない、少なくとも国家がなかった土地に、新たに自分たちの国を作ろうとしているのだ。誰と対立するか選ぶだけの余裕がある。


(ここは穏便にことを済ます方が得策かもしれん)


義清が考えをまとめていると、帝国軍が陣取る砂丘から騎兵が一騎下ってきた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る