39話 商人の後悔


商人は馬車に乗って馬を操りながら何度目かのため息をついた。



辺りは鬱蒼とした森にある丘で、道を歩いているのは商人の馬車だけだ。


馬車に乗る商人から見て、右から左へなだらかに傾斜している。

道は丘の中腹にあり、蛇がとぐろを巻くように丘を一周して、

丘の反対側へ出るようになっている。



この道は元はラビンス王国の軍が東方侵略に使用した軍用道路だ。

そのため道幅は広く整地もされて、大軍が行き来できるよう整備が行き届いていく。


しかし、自然の力も負けておらず道の端には野草が芽吹いており、花を付けている草もある。

数年間、人の手が入らなければこの道も森の一部に復帰するだろう。



商人はまた、ため息をついた。



小さい頃、祖母からため息ばかりついていると幸せが逃げると教わった事を、

商人はぼんやりと思い出した。

そしてすぐに苦笑した。




(今の自分に逃げていくだけの幸せが残っていれば、それこそ幸せだ)




更にため息をついて商人は、どうしてこんなことになったのだろうと後悔した。



商人がこの東の大森林に来た目的はモンスター探しだ。


大陸中央にある宗教国家ファナシム聖光国。

そこでは十字軍にも等しい、東方征服をさせたとあって国全体が活気づいている。


そしてファナシム聖光国で流行を呼んでいるのがモンスターの公開処刑だ。



 はじめは罪人の中のモンスターを処刑するだけだった。

しかし、次第に流行へとかわり、ただでさえモンスターに差別的だった地域が

国中でモンスターを捕獲して処刑するようになった。

宗教と流行が合わさり暴走が始まったのだ。



ファナシム聖光国ではモンスターが不足し、不足分を国外に求めた。


商人はそうした求めに応じて、この東の大森林へモンスター捕獲に来たのだ。



まさか、途中で雇った護衛が盗賊ギルドだったとは思ってもみなかった。

それに、体を剣で貫かれた挙げ句に得体の知れない蟲まで体内に飼うことになるなど、

夢にも思っていなかった。




(いったい、俺の一生はどうなってしまうんだ)




後悔してもどうにもならないとは知っていても、せずにはいられない。



商人は本日何十度目かのため息をついた。




そのとき、馬車の前の地面に数本の矢が撃ち込まれた。




馬が驚いていななき立つ。

商人は手綱で必死に馬を制御してなだめた。




「動くな!!」




右手の斜面から10人ほどの男たちがでてきた。

男たちは装備が統一されている。

手に持つ武器は剣に手槍とバラバラだが帽子型の兜に、革製の鎧の上に

薄い板金の鎧。

脱走兵で構成された山賊だけあって並の装備以上だ。




「馬車と荷を置いていけ。そうすりゃ命までは取らねえ」



山賊の一人が商人に声をかけた。




「は、ハイぃ、言う通りにしますから、命だけはあああ」




商人は実のところ戸惑っていた。


いま言った言葉は半分演技だ。

怖いは怖いが昨日の一連の出来事に比べれば何ともない。

しかし、山賊に襲われて怖がらない商人というのも不自然なので演技をいれたのだ。

それにここでしくじっては、あとでラインハルト達に何を言われるかわからない。

その事に恐怖しはじめて商人は本気で怖くなりはじめた。




(冗談じゃない。ここまできて失敗なんてできないぞ。

 あと少しで俺の役目は終わりだ。何としても成功させなければ)




商人は馬車を降りると、山賊が寄ってくる。




「おい、荷はなんだ? 食い物はあるのか?」


「は、はい。交易品が主ですが食料も多少積んでます」


「くそっ、食い物は少ないのか。ボスの機嫌が悪くなるぞ。

 まあいい。荷を見せろ」


「は、はい」



商人は馬車の後ろに回ってホロを開けると、山賊が一人、中を覗き込んだ。

別の山賊が声をかける。




「どうだ? いいものはあったか? 俺は肉が食いたいな」




しかし、中を覗き込んだ山賊は答えない。




「おい、何だよ。独り占めはなしだぜ」



そういうと山賊は馬車の中を覗き込んでいる山賊の肩に手をかけた。

途端に中を覗く山賊が地面に崩れ落ちた。



馬車の中にある荷の間から、血の滴る刀がこちらを覗いていた。







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次回更新予定日 2019/12/15

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