28話 鞍替え



「どうだろう村長、スケルトンを捕虜から開放してみてどうかな。

 先程言った通り、スケルトンの目的は大主教だ。

 大主教を返して、村とのわだかまりを無くすというのも悪くはないと思うのだが」





村長は先程の商人とのやり取りを見て、完全に義清に恐怖している。

声も出すことができず全力で首を縦に振って同意した。



スケルトン総指揮官と数体のガシャ髑髏を拘束している縄がとかれた。

彼らは馬車に駆け寄ると、商人が鍵を開けるのを待って馬車のオリから

大主教を担ぎ出した。



その様子を見ながら義清が村長に話しかけた。




「ところで村長、ここでの暮らし向きはどうなのだ? つらいか?」


「つらいですが、本当のつらさはここからの様な気がしております」




村長は力なく笑うとぽつりぽつりと村のことを話しはじめた。


 ラビンス王国は西方で失った土地の税収を東方に期待している。

普通は支配したばかりの土地に即刻税収を期待するのは酷なことだが、

そこは無能なデゴルイス5世、そんなことまで気が回っていない。


彼は支配した東方の土地の一部を王家直轄領にした。

東方を実力で切り取った貴族たちは働いてもいない、金は出しているが、

王家が土地を持つことに反発した。


 そこで東方に領地をもつ貴族は王家への納税が免除される期間を設けることで、

貴族と王家はお互いに妥協した。

王家は直轄領を設けてそこからの税収を得て、

貴族は実力で切り取った土地を数年好きに使える。

お互いに得のある方法を探り当てることができた。



そして、いつも損をするのは最下級の農民村民と相場が決まっている。



 貴族は納税が免除される間に、できるだけ自分の懐に入る金を増やしたい。

王家は失った西方の税収を一刻も早く東方から回収したい。


結果として彼らは過大な税を東方一帯に課すことになる。




「それで、一番つらいのはやはり税か?」




義清が聞くと村長は、また力なく笑って義清を仰ぎ見て言った。




「ちなみに、義清様方の感覚で言うと取り立てる税はどのくらいですかな?」


「そうさな、多くてもその年の作物の収穫の6,7割が適正だろう。

 それも苦しい年の話だ。普通は5割ほどが相場だ。

 来年、育てる畑の作物の種をどちらが負担するかでも話はかわってくるがな」


「ハハハ‥‥義清様はこの辺りで一番の寛大な領主になれますな」


「そう言うところをみると課せられた税は過大らしいな」


「‥‥8割です。この年に取れる作物の8割を納めなければなりません。

 お話にあった来年に畑にまく用の種は村負担です」




義清は骨しかない眉間にシワを寄せてアゴをゴリゴリと撫でて一言

バカだな、といった。



 大方の貴族連中の考えはわかる。

納税8割では村は食ってはいけない。

その年の冬を越せずに餓死者が続出するだろう。

村人も餓死はしたくないので隠し畑、隠し田をつくる。

隠れた土地で耕作を行い、役人には表向き正規の畑や田をみせて

その土地の分の作物を納税する。

隠し田畑の収穫物は村人全員で分け合う。


普通は役人は隠し田畑を嫌う。

村人の数は限られるので、隠し田畑に注力すると正規の田畑の収穫量が減るのだ。


しかし今回は事情が異なる。

貴族と役人はどうせ隠し田畑があるのだからと、納税を8割にしたのだ。



初めて来た慣れない土地で土壌も満足にできていない田畑で納税8割。

隠し田畑をつくっても村人は食っていけない。

そもそもキチンと納税するために十分な作物が育つのかもわからない。

正規の田畑も満足に耕作できないのに、

隠し田畑まで手が回るわけがなかった。




「要するに村人の何割かに死ねと言っているというわけだ」




義清がアゴに手を当てたまま言う。

村長が少し間をおいて唇を噛みながら、その通りです言った。

義清が続ける。




「貧乏子沢山と言うが、失った労働力を補うために村人は来年も子供を産む。

 そして、また村の何割かが来年死ぬ。

 多くは子供と老人に近づく年頃の者だろう。

 それをずっと繰り返すが税を取り立てる貴族には、

 懐に入る税はかわらないので、村人の何人が死のうが関係ないというわけだ」


「さすが上に立つお方は、その辺りの考えがすぐにお回りなさる」


「そして、数年その状態が続くと村単位で反乱が起こるので

 適当な年に納税額を緩めてガス抜きをさせる。

 村人は団結しているわけでも、強力な指導者がいるわけでもないので

 ガス抜きだけで簡単に瓦解して、また数年苦しみに耐えるというわけだ」


「おっしゃるとおり、さすがですな」




義清はなおもアゴに手を当てたまま村長を見据えた。




(この男、ワシをそいつら貴族と同類くらいに見ておる。

 大方、ワシらとの交流で得た銀で

 納税して村人を餓死から遠ざける気なのだろう。

 そのためにこちらの機嫌を損ねないようにしているのだ)




義清はアゴをゴリゴリと鳴らして少し考えた。




(交流などと言ったが手緩いか。

 遅かれ早かれこちらの勢力を拡大しようとすれば、

 ラビンス王国の所有物に手を出すことになるのだ。

 いっそ、ここで飲み込んでしまえ)




義清はアゴから手を話すと村長に言った。




「村長、いっそのことワシらに鞍替えせんか」


「は ? とおっしゃいますと?」


「ワシらの領民となってワシらに税を納めるのだ。

 ラビンス王国よりずっといいぞ。そうだな、こういうのはどうだ。

 通常は納税5割としよう。隠し田畑は厳罰に処する。

 しかし、耕作できる村人の人数に応じて耕作地を定めよう。

 村で負担する耕作地以上に、自主的に耕作地を広げるのは自由とする。

 自主的に広げた耕作地にかかる税は無いものとする。

 もちろん、定められた耕作地からキチンと納税するのが最低条件だ。

 もし、できなければ、作物ではなく貨幣で納税してもらう。

 こんなところでどうだ?

 そうだ、今年から3年は納税4割にしよう4年目から5割だ。

 どうだ? 無能なラビンス王国よりずっといいぞ」


「そ、そんな事をいますぐ返答するのはムリです。

 しかも、それでは私達がラビンス王国から罰を受けてしまいます。最悪死刑も‥‥」


「何か合っても、ワシらに強制させられたと言えばいい。力で脅されたとな。

 心配するな。ラビンス王国が来てもワシらが対処しよう。

 どうだ? 何があってもお前達に損はない話にしたつもりだが」




 村長は押し黙ってしばらく考えたが、やがて顔を上げて

前向きに検討できると言い村人と話し合う時間を願い出た。

義清が了承すると続けて村長は質問した。




「なぜ、このようなことを? 税が少ないのも、ラビンス王国と敵対することも、

 あなた方にとっては何も得が無いようにおもえますが?」


「逆だ村長。ワシらは大いに得をする。

 ワシらはこの地で勢力拡大を目指している。納めるべき土地には民が必要だ。

 ワシらも税が欲しい。

 ラビンス王国とは遅かれ早かれ敵対する。

 自分たちの土地の横でモンスターが勢力拡大をやっているのだ。

 敵対するなと言う方が無理があるな。

 ならばいっそ先にこちらがラビンス王国の一部、この村のことだが、

 それをワシらが先に飲み込んでしまえば良いのだ。」


「敵対については何となくわかりましたが、ぜ、税が少ないのは?」


「村が安定すれば税収入が安定する。人助けの為だけじゃない。

 村人の死と引き換えに得る税より、最初にキチンと整備してから税を取った方が

 長期で考えれば得というだけだ。数年ごとのガス抜きもいらん。

 そして、ラビンス王国の東方の人々はワシらのところにいる、

 村長たち村人を羨むだろう。

 要は宣伝効果も狙っているのだ。例えばいまにワシら鞍替えすれば税免除するが

 後々は免除しないとかな。」


「他の村も傘下に加える、おつもりなのですか !?」


「それはそうだろう。人の物を1盗もうが10盗もうが怒られるのだ。

 同じ怒られるなら10盗んだほうがいい。

 というわけで、ラビンス王国東方の村をできるだけ傘下に加えるつもりだ。

 いま畑にある収穫物も根こそぎ奪ってしまえ。

 どうせこの地から更に東方へ、ワシらがお前たちを守りやすい土地まで移住してもらう。

 ラビンス王国にくれてやるのも癪だ。全て村のモノにしてトンズラするのだ」




 悪事もここまで堂々と口にされると圧倒されてしまう。

考えれみば、これはラビンス王国にとっては悪事だが

義清たちにとっては単なる勢力拡大の一環でしかないのかもしれない。


村長は義清の言葉に呆気にとられていたが

例えラビンス王国に捕まっても、罪は義清たちになすりつけられるので

自分たちは今の生活に戻るだけの話と考えた。


うまくいけば今よりいい暮らしになり、

悪くても今と同じ生活になるだけ。自分たちにとって損はない。

村長は村人にもこの思いが伝わる気がしてきた。




「まずは、数日時間をください。

 耕作作業もありますので、なんとか時間をつくってみんなで話し合ってみます」


「いいとも、存分に話し合ってくれ。

 加えるならワシらは銀が出るから、必要な時にお前達の村を整備できるぞ」



義清が快く了承すると、村長は村人の一団へと歩みはじめた。


かわって、義清の前にスケルトン総指揮官が

ガシャ髑髏と大主教と共に並んだ。


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