1話 仲間の覚悟


 ラインハルトは隠し持っていたとっておきの酒を

特大のさかずきになみなみと注ぐと

一気に喉を鳴らしながらうまそうに飲み干した。


 ぶひぃ~と一息つきながら降ろそうとした盃の端に

部屋に入ってくる義清とエカテリーナの姿を見てニヤリと笑いいながら大声で叫んだ。



「義清様とエカテリーナのお出ましだ!!」



大広間に集まる仲間たちがいっせいににその声の先に視線を向けた。


しかし、その視線は次の瞬間に、勢いよく開いた隣の扉へとすぐに移った。



「まった待ったその突撃ちょっと待ったあー」



勢いよく開いた扉から飛び出してきた、

黒いローブと魔女帽子を着た、わかりやすい女魔術師ベアトリスが扉の勢い以上に声を張り上げて言った。



「戦士が命をかけるのに、、無粋な真似はしないが、この古代魔術に正通するベアトリス様に、 しーばし、お時間頂戴」



歌舞伎よろしく声を張り上げて言ったベアトリスだったが

皆がポカンとこちらを見ているのに気づくと

咳払いをしてから言った。




「驚くのも無理はない私がここに‥‥‥」



「誰もお前の言ってることに驚いてなどおらん」




さえった声の主はラインハルトで先程飲み干した酒の残りと言わんばかりに、ゲップ混じりの息を大きく吐くとこちらも大声で叫んだ。




「みんなはこれからおっしゃるであろう義清様の言葉を、お前が遮ってしゃしゃり出てきたから呆れてお前を見ているんだ」




勢いよく立ち上がりながら鼻を鳴らしラインハルトがベアトリスに食ってかかった。




「えっと、イノシシのように猪突猛進すればいいというものではないと思います。

 ラインハルトさん!!」




「悪意がなければ何をいっても許されると思うなよ ベアトリス!!」




 ラインハルトが鎌倉武士のような、戦国時代の洗練された鎧のそれとは違う、

重そうな鎧をガチャガチャと音を立てて地団駄踏みながら憤慨した。

その後ろでラインハルトとそろいの鎧を着たボア族が

プギャーブギャビーと鼻を鳴らして怒っている。


 尻尾の先から頭の先まで、どうみてもイノシシだが器用に二本足で立ち、

これまた器用に槍や斧を使うラインハルトらボア族。

彼らが一番嫌うのは自分たちとは明確に違う、言葉を介さないイノシシと

自分たちを同一視することだ。




「やかましいわっ。時と場をわきまえい!!義清様の御前だぞ。」




かん高いがドスの聞いた女性の声に場がシンとした。


 ラインハルトのボア族の後ろに、やや間をおいて座っている

ヴァラヴォルフ族の長・ゼノビアが広間の全員から視線を注がれることを

気にもとめずに言い放ったのだ。


 全身をグレーがかった毛で覆われ、尻尾と首から足の付根にかけては豊かな銀色の毛で覆われた、狼が二足で歩くようなどこか神々しい種族であるヴァラヴォルフ族。


 しかし、その長は少しその種族の見た目と違っていた。

吹けば、なびくような豊かな赤毛を肩まで流し、人間で言えば髪だが、

その毛から覗く同族と同じ獣耳の他に同族にはない筋模様の角がある。

角は毛皮から出ると一旦円を描いて天に伸び、その先は鋭利に尖っている。

おまけに尻尾は黒く、ところどころ混じる銀色の毛がよりいっそう、その黒を引き立てている。


同族は軽装の鎧を着ているのに対してゼノビアだけはいわゆる、ビキニアーマーで

その豊かな胸と局部のみを覆っている。


 ゼノビアはこの世界でいう「混ざりもの」だった。

狼と悪魔が混じったようなその姿は、

母と父がそれぞれヴァラヴォルフ族とデーモンであったからだ。


 混ざりものはその種族ではハミ出しモノの嫌わモノとなるのが通例だが

彼女を混ざりものと呼ぶものはいない。

理由は単純で、そう呼んだものを彼女は葬ってきて

現在のヴァラヴォルフ族の長という地位を手に入れたのだ。




「眼前に敵が迫り、1つ部屋を跨げば兵たちが必死に我らの為と最後の宴の時を稼いでいる。

 これより我ら一同、主に真の忠義を尽くす為に討って出て、

 股肱ここうしんとならんとしておるところに水を差すんじゃないよ」




ゼノビアは手に持っていた盃を酒が入っているのもかまわず、

ブン投げようとしたところで義清の制止の声が入った。




「それまでだ、ゼノビアよ。お前の言わんとしている事はもっともだが

 ここはワシに免じて許してやってくれ」




義清の声でゼノビアは振り上げた盃を降ろすと、目礼して酒を盃に注ぎ始めた。


義清が家臣一同を見回して言った。




「無念の限りではあるが我らが敗けたのは事実だ。敵はこちらが本丸で最後の時と覚悟しているのを知って討ち入って来ないのだろう」



この宴に彼奴らが混じれば入った順に酒の肴になりますからなと

ラインハルトが言い、広間の全員が笑った。


義清も笑ったあとに続けた。




「王都からの領地安堵も貰い、銀も出てやっと領地整備に手をいれられ、

 我らの安住の地を創ろうとした矢先にこれだ。

 思えば初期から苦楽を共にした面々には

 最後の最後まで辛い思いをさせてしまって申し訳なく思う」




 義清は自分の横に立つエカテリーナ、広間に座るラインハルト、ゼノビア、

と視線を移しながら静かに言ってまわった。




「ゼノビアの言う通り、今このときも兵たちは各々討って出る者、撃ち合っている者おるが

 皆の思いは1つ、我らに時をくれてやることだ

 皆これより討って出るが最後まで生を諦めんでほしい。

 万に一つ突破口を見つけたときは‥‥‥」




と、ここまで言って義清は思わず黙った。




「義清様だけでも逃れられんのかのう」




ラインハルトが涙声混じりにポツリと呟いた。




「生き場所がないのさ。ちくしょうめ」




言うとゼノビアは、今度は止めてくれるなと言わんばかりに盃を放おった。


ゼノビアの言う通りだった。


 城を囲んでいる貴族連合がこんな小さい領地に大軍で攻め込んで来たのは、

この地で銀が出始めたからだ。


 王都から遠く、モンスターである彼らになど権利などあろうはずがない、として

貴族は王に銀を献上するのを理由にし、銀が出るこの地を我が物とするため軍を発したのだ。


 モンスターが討伐されれば銀を手にし、貴族が敗れればその領地に干渉する。

勝った者に褒美をやれば良く、自分は自発的に命令を出していない王にとっては

どう転んでも良かった。

城から落ち延びてもこの地に新たに来る貴族に殺されるのは目に見えている。

だから義清の兵は誰一人逃げ出さず、ここで死に場所を得なければ惨めに殺されるだけだと

誇り高き死を選んだのだ。



 義清が涙を流すラインハルトに近づいて言った。 




「ラインハルトよ、彼奴らの開戦の文言にあったではないか。

 曰くモンスターに人権なし。これでお終いだ。

 今少し城が完成に近ければもっとマシな抵抗ができたのだがな」




 義清は涙を浮かべたラインハルトの肩に手をやると共に逝こうと促した。

ラインハルトはゴシゴシと涙を拭うとボア族に向き直り言った。




「ボア族の誇りにかけて一兵でも多く敵兵を討ち取ろうぞっ」




脇に控えるボア族が一斉に鼻を鳴らして怒号を上げた。




「ボア族に続いてアタシらも出るよ。狙うは雑兵の首にあらず、1つ、貴族連合盟主の首。」




ゼノビアもヴァラヴォルフ族を見回すと言い放なった。

目の前で仲間が死んでも種族の特性を生かして隠密に徹し、

入城してきた貴族の首だけを奇襲して取れという、

例え奇襲に成功してもその者は死ぬ事が確実な命令だった。

こちらは全員が静かに頷くだけだった。



死ぬのは全員決まっている。あとはどういう死姿になるかだ。

人はモンスターの捕虜は取らない。



 最後に義清はベアトリスに向き直ると




「すまんなベアトリス、敵の魔導妨害が激しい。

 エカテリーナと協力して出せる最大限の力で魔法を放ち、我らの後に続いてくれ。」




そして思い出したようにニコリと笑うと

「先程の待ったと言ったのはこういう事が全て終わって、

 討って出るのが間近と思い言ったのであろう。」



 おっちょこちょいのお前らしいと義清が言うと、

緑の瞳に涙を溜めながらベアトリスはブンブンと首を振った。



「まだ、希望はあります。先程古代魔術のスクロールの1つが解読に成功したんです。」

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