第7話
私は臨床心理士。雨の日も晴れの日も、心に陰りのある人々の拠り所となるのが私の勤めである。
今日もまた、うらぶれた哀れな子羊が私の前に姿を現した。
私の目の前にいるのは、高齢の婦人である。椅子に腰を下ろした途端、その重みにより椅子が悲鳴を上げるのが聞こえた。臀部の肉が座面からあふれ出ているのも確認できる。
「今日はどうされましたか。」
私は極めて落ち着いた口調で尋ねた。
「実は、夫がずっと浮気をしていたことが発覚したのです。私を裏切っていた夫への怒りで一杯なのですが、経済的に離婚もできません。やるせなくて、もう何カ月もごはんが喉を通りません。」
「それはお辛いことでしょう。」
(それにしては、あなたは随分と恰幅が良いではないか。)
「それなのに、私が日中に外出しようとすると、夫は、俺の昼飯はどうするんだ、などと聞いてきます。憎らしくて、今日は物を投げつけてから出てきました。」
「行き場のない怒りが溜まっているのですね。」
(夫は無事なのか。あなたより夫が心配だ。)
「あんな奴のためにご飯を作るのも腹立たしくて、わざとまずい食事を用意するようにしています。さっきもひどい昼ご飯を置いてきました。」
「それもまた、苦しいことでしょう。」
(あなたの夫は、まずい昼食であっても進んで摂取するのか。心根の優しい男ではないか。)
「でも、そんなことをしても、私もそれを食べなければいけないんですよね。おかげで私は益々食が細ってしまって。ご覧のとおり、体調を崩しています。」
「お察しいたします。」
(声に張りがあり、顔色も良い。随分と健康そうだな。)
「私は食道楽だったのですが、夫のことがあってから10キロ痩せてしまいました。夫の顔を見るのも辛い上に、食べる喜びが無い今、毎日が憂鬱なだけなのです。」
「苦しみが重なっているのですね。」
(なるほど、健康そうなはずだ。その減量ペースを維持するが良いだろう。)
私は素直な笑みを浮かべた。
今日もまた、良い仕事になりそうだ。
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