彼は誰のライ麦畑

* * * * *


今年も。

今年も、葬られたルサールカはライ麦畑の一面に横たわり、その花穂が実りゆく様を見る。

古に、自身が果たせなかった命を紡ぐ役割ロールを果たすライ麦を、ルサールカはばらばらに引き裂かれた身体で見守る。

そこにあるのは、喜びと陶酔。

ルサールカは、自身が引き裂かれる意味を、ライ麦畑一面に巻かれる意味を知っていた。

だって、ルサールカもまた古には、この地でそれを行う側だったのだ。

だから納得していた。

かつて果たせなかった、古の役割ロール

魔女になることも、母になることも、覚悟も出来ないままに、ただ娘を終えずに死んだせいで残った未練が、ルサールカに己を縛った。

其処から、漸く解放される。漸く連綿と続く源流に戻れる。

彼女は今と昔が変わっただろうことは、漠然と知っている。

これだけ長い間に変わらぬはずもないのだ。

彼女を縛る役割ロールが人権の名の下に権威をうしないつつある現代に至るまでの永い漂泊の中で、ルサールカは自身の生前など忘れていた。

ただ、わかっているのは、己が何にもなれずに死んだこと。

あとはただ、ルサールカとしての習性だけがあった。

延々と続く人ならざる娘の日々に、生前を思って嘆いた事もあったような気もする。嗚呼、それとも、これは別のルサールカだったかしら。

個をうしない、茫洋とルサールカという概念にだけ縛られた女は、二度目の死の意味を理解して受け入れる。

ルサールカは、二度目の死として、実りを産む事で、娘ではなく、女という役割ロールを漸く完遂するのだから。


ライ麦畑に広がる暗澹とした幻想を纏う、その景色を作るルサールカは、やがて瞬き一つの内に、全て――ただの、麦藁へと変貌した。

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