異世界転移したけど底辺能力の俺には何もできそうにない

@sazamiso

第1話 俺は勇者

 その日は大学受験の当日だった。

 

 俺、佐藤清之介さとうきよのすけは受験会場へ向かうため電車に揺られていた。

 高校に入ったばかりの時はまだまだ先だと思っていたはずなのに、いざ当日を迎えると本当にあっという間だったなぁと流れゆく景色を見ながら思いを馳せる。

 

 正直言って、佐藤清之介の高校生活は輝かしいと呼ぶには程遠いものだった。

 元々外交的な性格ではないし、友達を自分から作りに行くようなタイプでもなかった俺は、当然のようにクラス内で浮いていた。


 いや、正確にいえば最初から浮いていたわけじゃない。

 入学して一週間くらいはクラスの男子ともそれなりに話していたし、一部の女子から声をかけられることだってあった。

 そのときの俺は「あぁ、俺の青春は今ここから始まるんだ!」と半ば確信にも似た気持ちを持っていたはずなのだが、ところがどっこい蓋を開けてみるとあれよあれよという間にみんな俺の元を去っていった。


 理由は単純。

 どういうわけか、俺が中学生の時に書いた『将来なりたいもの』作文がクラス内に出回ったからだ。


 普通の夢であればちょっと恥ずかしい程度で済んだのかもしれない。

 だが、丁度その頃やっていた勇者物語という異世界転生もののアニメに没入していた俺は、『異世界転生して勇者になりたい』という題の作文を書いてしまったのだ。

 四百字詰め原稿にしておよそ二百枚の大長編。俺至上最高の意欲作である。

 

 そんなものが広まればどうなるのか、勘のいい人ならばもうおわかりだろう。

 佐藤清之介という名前が呼ばれることはなくなり、代わりに俺は『勇者』と呼ばれるようになった。


 確かに作文が出回ってしまったことは恥ずかしくて死にそうにもなったが、勇者勇者ともてはやされていれば段々と悪い気はしなくなっていくもの。

 何よりそれまでほぼ日陰の道を歩いてきた俺である。一躍時の人となり『真・竜鳴斬しん・りゅうめいざん!』なんて叫んだりして完全にいい気になっていた。

 ちなみに『真・竜鳴斬』は俺の考案したオリジナル必殺技で、剣を振るうと竜の形の刃が四方八方に飛び相手を死に至らしめる危険なわざである。『真・竜鳴斬・』や『真・竜鳴斬・』など様々なバリエーションがあるが長くなるのでまた機会があれば紹介しようと思う。

  

 そんなこんなでみんなも初めの頃は面白がっていたが、時期が過ぎれば飽きるもの。一発屋芸人と同じ命運を辿ることになる。

 俺には勇者という仇名と、頭のイタい奴という不名誉、そして『真・竜鳴斬』という必殺技だけが残された。


 ちなみにこれが高校一年生の一学期の出来事。それからはまぁ地獄の日々だったとだけ言っておこう。あの時作文をばらまいた奴!俺はお前を生涯許しはしない……絶対にだ!


 だが、そんな黒歴史すらも大学に入ってしまえば全部思い出の彼方に消えてくれることだろう。ていうか消えてくれないと困る。なんたって俺は大学生活という新しいキャンパスに青春という名の絵を描かなければならないのだ。要するに大学デビューを画策していた。

 運動系のサークルに入って気持ちのいい汗をかいたり、可愛い女の子とお知り合いになったりしてあわよくばきゃっきゃうふふの大運動会を開催したい。

 

 そのためにはまずこの大学受験という最初にして最大の関門を突破する必要があった。

 都合三年、俺はその為だけにどんな孤独にも耐え、あらゆる準備をしてきた。幸い勉強する時間だけはあったから学力はもりもり上がり、試験では三年間一位をキープし続けた。

 この電車に乗っているおそらく同じ受験生であろう奴等のような醜い悪あがきなどもはや俺には必要ない。そりゃウォークマンからは英語のリスニングじゃなくてアニソンも流れるというもの。

 これだけでも俺がどれほどの余裕を持っているかわかっていただけるだろう。


 耳障りな音を鳴らしながら電車が駅に止まる。一斉に下車する人々の波に紛れ込みながら出口を目指して歩く。


 さすがに受験当日とあって、俺の周りには学生服を来た人間がほとんどだった。俺と同じ大学を受験する学生ばかりではないだろうが、どれもこれもが敵に見えて仕方ない。

 

 俺がこれから受験する大学は、大学の階級をAからFまでに分ければ間違いなくAクラス。百人が受験して一人合格するかどうかの狭き門だ。

 どうしてそんな大学を選んだのかといえば、単純に就職に有利であるという点と、俺を知らない人間ばかりであろうからという点の二つ。どちらにしても、大学のランクを落とせば落とすほど不利になるのは目に見えている。

 さすがに大学生にもなって勇者と呼ばれるようなことがあっては俺の薔薇色のキャンパスライフがまた異世界色に染まりかねない。もう後ろ指差されて笑われるのは御免だぜ。


 歩いて行っても余裕で間に合う時間だったが、疲れるのが嫌だったのでタクシーを拾い、試験会場へと真っ直ぐに向かう。


 受験会場に着くと、すでに大勢の学生で賑わっていた。妙な緊張感が辺りにひしめいている。そんな集団を横目に教室への道を歩いていく。


 試験開始までにはまだ早い時間帯であったはずなのだが、さすがAランクの大学というべきか、教室の中に空席はほとんど見受けられない。

 一応開始までは参考書類等の閲覧は可能なので各々最後の復習に時間を費やしているようだった。中には相当自信があるのかぼけっと中空を見つめているものやスマホをいじっている奴もいた。

 

 コートを鞄の中にしまい、筆記用具だけを取り出すと荷物を教室の後ろにおいて自分の受験番号の書かれている席へと向かう。


 試験前は瞑想するに限る。可能な限り気を落ち着かせて集中力を高めるのだ。少しでも集中力が乱れれば本来の力は発揮できない。事ここにおいては一問のミスが命取りになる。この試験前の少ない時間でどれだけ集中力を高められるかが合否を左右するといっても過言ではないだろう。


 そう思っていたのだが、俺の集中はあっさりと乱されることとなった。

 一人の男が俺を指差しながら、しんと静まり返った教室内には場違いの大きな声を出す。


「おっ、勇者じゃねぇか!なんだ、お前もここ受験すんのかよ!」


 勇者という単語に静かだったはずの周囲がざわつく。


『勇者?なんだ勇者って、名前か?』

『ユウシの間違いじゃないの?』

『ぷぷ、勇者とかくっそウケるんですけど』


 やめて!治りかけてる古傷がまたばっくり開いちゃうからやめて!


 だが、俺の目の前にいるこの男にとっては周りのことなどどうでもいいようで、にんまりといやらしい笑みを浮かべながら俺を見る。


 この男の名は鈴木誠一郎すずきせいいちろう

 俺と同じ高校の同級生で、何の因果か三年間ずっと同じクラスだった。ちなみに中学の時もずっと同じクラスだったので、俺はこいつがあの作文を流出させた本人じゃないかとにわかに疑っている。

 お金持ちのボンボンで容姿も誰もが認めるイケメン、その上身体能力も高いため女子に大人気。が、その代償とでもいうのか学力は高くなく、Aクラスの大学どころかCクラスに受かるのでさえ危ういような成績だったはずだ。家が立派なので見栄とかそういうのを重視してここを受けることにしたのかもしれない。


 無視しようとしたのだが、これまた何の嫌がらせか俺の席は鈴木の隣だった。さすがに隣が顔見知りだからという理由で席を替えてくれるわけもないので、しぶしぶ椅子を引いて腰掛ける。

 待ってましたといわんばかりに身を乗り出して、鈴木は俺を見てげらげらと笑った。


「なんだよ席まで隣とかほんと運命感じちゃうねぇ!なぁ勇者さんよ!」


「うっさい黙れ勇者って呼ぶんじゃない」


「なにを今更。昔はお前だって喜んでたじゃねぇか。あ、そうだ、景気づけにアレやってくれよ。『真・竜鳴斬!』ってやつ!」


「おいやめろ」


 鈴木の芝居がかった言葉を聞いて後ろの女子が噴き出した。

 確かにこの受験独特の緊張感の中、『真・竜鳴斬!』なんてアホみたいな単語がどこからともなく飛び出してくれば笑ってしまうのもわからなくはないけどないんだけどもそこまで笑う必要はなくない?ねぇ、なくない?


「いいじゃねぇか減るもんでもねぇし。一時は『真・竜鳴斬!』が俺達の挨拶になってた時だってあったじゃねぇか」


 朝、教室に入る際に『真・竜鳴斬!』と叫びながら入るのが男子達の中でちょっとしたブームになったことがあった。あの時は浮かれていたから気付かなかったが今思えば馬鹿にされてしかいない。ちなみにそれの発起人は何を隠そうこの鈴木だ。許せねぇ。


 いや、いかんいかん。こんなところで怒っていては試験に集中できない。

 確かに隣が顔見知り、しかも俺の天敵鈴木だったことは予想外だったが、奴が同じ大学に受かることは百パーセントない。これは断言できる。この試験を超えてしまえばもう二度と会うこともない。この場だけ我慢すればそれでこいつとの因縁も終わりだ。


 それに俺は鈴木と違って大人。おやおや、隣で小鳥がさえずっているわねぇおほほほほとどこかのマダムのように笑って受け流してやればいい。それが大人の対応って奴だ。

 ふぅやれやれと手の平を上に上げるポーズをとって、俺は瞑想に入った。こうなってしまえばもはや俺の耳には何も聞こえない。心臓の音がどくんどくんと鳴っているだけで後は無音の世界。鈴木の存在も彼方へと消え去る。

 少し前の俺だったら怒鳴り散らして掴みかかっていたかもしれないが、今の俺は昔とは違う。たとえどんなことを言われようとも平静を保ち続けるのが真の大人ってヤツさ。


「そうそうそうなんだよ。こいつ上靴のことスカイシューズって呼んでたりただの箒にドラゴンキラーって名前付けててさぁ!」


「鈴木ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!貴様ぁああああああああああああああああああああ!!!」


『おお!勇者が暴れだしたぞ!』

『なんだ、ドラゴンでも出たのか勇者』

『貴様とか言う奴始めて見たわ。マジウケるんですけど勇者』


「勇者って呼ぶんじゃねええええええええええええええええ!!!」


 騒ぎを聞きつけてやってきた警備員に止められるまで俺と鈴木の乱闘は続いた。

 ちなみに厳重注意だけで済んだのは本当に運が良かったとしか言えない。

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