交差点

蛙鳴未明

交差点

 真夏、たくさんの車が行きかう昼下がりの交差点には、ギラついた陽光が降り注いでいる。そこでは、大量の人間が陽光に刺されながら信号待ちをしていた。みんなイライラした顔で信号機を睨みつけている。やっと信号が青に変わった。ピヨピヨと信号機が鳴き始め、真っ黒い人間の塊が動き出す。ゆっくりと進んでいく塊から、一人の男が走り出た。手に何か、小さな包みを持っている。男は交差点の真ん中に立つと、大声で叫んだ。

「俺は!今から!死ぬ!」

 信号機の鳴き声をかき消し、交差点全体に響く声。その声に反応して、人間の塊が歩みを緩めた。人間たちは男を中心に同心円状に広がった。

 男のまわりだけが、ドーナツの穴のようにぽっかりと空いている。男はその様子を眺めると、包みを開き、白く輝く大振りのナイフを取り出した。ナイフの刃を自分の喉元に当て、また一声叫ぶ。

「いいか!俺は!今から!死ぬ!しっかり!見とけ!」

 叫んだ拍子にナイフが男の首を浅く切り裂いた。男の首に赤い線が滲んだ。観衆はその様子を見て、ワーとかキャーとか叫んでいる。最前列のギャルが、男にスマホのカメラを向けた。それが引き金となって、観衆がみんなスマホを取り出し始める。男の様子を少しでも撮ろうと、押し合いへし合いしてスマホを男に向けようとする。男がスマホの壁に囲まれるまで、十秒とかからなかった。男は困惑した表情で、目の前のスマホでできたモザイク模様を見つめた。男の額を汗が伝う。男がモザイク模様に問いかけた。

「おい!お前ら!何してるんだ?!俺は死ぬんだぞ?!誰も止めてくれないのか?!」

 モザイク模様は答えない。ただ無数の眼で見つめてくるだけ。数秒間、信号機の鳴き声だけがその場を支配した。大量の汗を流し、ナイフを持つ手を震わせながら男が何かに縋るような声を出す。

「止めてくれないのか?!……死ぬな、と言ってくれないのか?……死ね、というのか?」

 モザイク模様から嘲笑が漏れた。どこかから声があがる。

「誰もそんなこと聞きたくねえんだよ。死にたいならさっさと死ね。こっちは忙しいんだよ」

 男の顔から血の気が引いた。男の足ががくがく震え始める。誰かが叫ぶ。

「さっさとしろよ!ほら、死ーね!死ーね!」

 それはまたたく間にモザイク全体の声になった。交差点が「死ね」という言葉に埋め尽くされる。

 男の顔は青を通り越して紙のように白くなっていった。男は、モザイクの言葉に促されるようにして震えるナイフを首に潜らせた。男の口から鮮血が溢れる。

 モザイクは静まり返った。信号機の泣き声だけが空気を揺らす。男は口から大量の血を吐きながら、数秒フラフラと立っていた。やがて男の足がガクンと折れ曲がり、男の体はアスファルトの上に倒れこんだ。

 モザイクが歓喜の声をあげる。どよめきが、あたりを満たした。それと入れ替わるように信号機が泣き止んだ。モザイクが気付かぬ間に、信号機は青い人間を赤く染め替え、泣き腫らした赤い目を青く変える。よそ見をしていたトラック運転手が慌ててアクセルを踏み込んだ。トラックの唸り声とモザイクがバラバラになる鈍い音が交差点に響いた。

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交差点 蛙鳴未明 @ttyy

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