第52話 ミドリ(前)

 日曜日の午前七時、神戸ポートアイランド西側のしおさい公園が集合場所である。今日はチームアフロディアの朝練。西琵琶湖の志賀から甲子園口まで始発で輪行してきたチームメイトのともあもさんは、甲子園口駅で浜監督の車にピックアップしてもらって、わたしより先に着いていた。

 ともあもさんは、全日本選手権では大雨の悪コンディションもあって、惜しくもDNFだったけれど、その才能を見込まれて、伊豆にある競輪学校を受験し、見事合格したので、その壮行会を兼ねて最後のチーム連参加だった。

 コースは信号と人や車通りの少ない一般道。浜監督の指示で、わたしとともあもさん、全日本五位入賞でチームエースのゆいちゃん、それに兼務マネジャーのともさんの四人で走る。去年のスズカ三時間耐久レースでは、ゆいちゃんが優勝、ともあもさんが二位、ともさんが三位と、兵庫県西宮市にあるうちのチームで表彰台を独占した。女子の実業団では、年間獲得ポイントもダントツの、間違いなく日本一のチームである。

 最初は軽いギアでケイデンスを上げ、ウォーミングアップ。心拍を整えてから、一周二㎞の長方形コースを、レース形式で先頭交代しながら十周。南からの向かい風がきついが、これもトレーニングのうち。ともさんは体調が良くないと言って、抑え気味に走ってたので、わたしが三位になった。もちろん実力的にはわたしがダントツのビリである。

 ゆいちゃんは、速いし、マシンの扱いがうますぎ。変速もブレーキングも、何をしてもなめらかで美しい。ライン取りや、周囲の状況を読んでスパートのタイミングを計る呼吸、ここ一番のダッシュ力など、どれ一つとっても一生勝てる気がしない。ふだんは小柄で可愛らしくて人なつっこい、チームの人気者だ。

 ともあもさんは、パワーがすごい。クリテリウムレースでは、ゆいちゃんのアシストとして、最終周まで前を曳くスタミナがあるし、トラックではスタートが下手だと言ってたけど、直線の速度ではゆいちゃん以上だ。イラストレーターが本業で、サイクルショップでアルバイトをしているが、真面目で努力家なので、周囲の信頼も厚い。典型的なイヌ形人間なので、競輪学校でもうまくやっていけるはず。近いうちに一億円稼ぐ選手になるかもしれない。

 ともさんは、いつも脱力系マイペースを装っているけど、レース運びがうまくて、最後はきっちり入賞している。ともあもさんとはイラスト業つながりで、似顔絵が上手。パソコンも得意で情報通、アニメの話題とか、話が合う。わりとクヨクヨしがちな所もわたしと似ている。ともさんとは、そのうち二人で組んでユーチューバーやろうって言ってる。この四人で走るのも今日が最後。来シーズンからは、わたしがレギュラーに上げてもらえそうなので、頑張らないと。

 軽くクールダウンしてから、次は直線数百メートルのもがきを五本。しんどすぎて体が灰になりそうになる。食いしん坊のともさんと、帰りにカフェでスイーツ食べまくろうねと約束する。

 でも、仲間と一緒に体力限界まで頑張って走るのは、しんどさの二乗に比例して、とっても楽しい。あー、生きてるって感じがする。この感じは、去年の夏至の日、ヴェント・エンジェルの三人で、シークレット・ブルベを走って以来だ。

 仲間と走る充実感を覚えたのは、エンジェルになってからだけど、わたしがロードバイクの魅力に取り憑かれたのは、祐二くんとの出会いがきっかけだった。この話は、一人で抱えているのが重くて、シホさんが日本を発つ日に空港で聞いてもらった。メグには、ショックを受けるだろうから言っていない。あの日メグから、祐二くんの名前を聞いた時には、びっくりしすぎて言い出せなかった。わたしの大切な、初恋のひと。

          *

 今から三年前、高校三年の夏休み。わたしの在籍していた栃木県立の女子高は、中高一貫校で、偏差値は割と高く、ほとんど全員が大学受験目指していた。予備校の夏期講習に通う子が半分くらいで、残りは学校の図書室や駅前の図書館にこもっていた。わたしは、二年の前期から、無視とか仲間はずれのターゲットにされて、だんだん不登校になっていった。

 当時、パパとママは、多分パパの浮気が原因で別居となって一年近くになっていた。パパはわたしのことが心配だから会って話を聞いてあげたいとか、家族としてやり直そうなんて、きれい事だけ綴った手紙を何通か寄越したけれど、小さい子どもじゃあるまいし、別居中の生活費もロクに入れないくせに、わたしに小遣いとかプレゼントとか、ご馳走とかで取り入って、ママと縒りを戻そうとしているのが見え見えだったから、完全に無視してやった。

 わたしが今まで彼氏がずっといなかったのは、パパを反面教師として、男の人に不信感、とまではっきりしたものじゃないけれど、男の人と親しくなることに、いや、親しくなった後のことに、不安が拭えなかったという面が大きいと思う。自分の名誉のために弁解しておくと、中学校時代から、平均して一年間に一人以上は告られてきた。でも、なんでわたしのこと何も知らないうちに、好きだなんて言えるんだろう。それって、ルックスだけ見て言ってるの?せいぜい学校内でわたしが演じている、八方美人的な女生徒の雰囲気に惑わされてるだけで、何も分かってくれてるわけじゃない。

 誰だって、付き合い始めはそうなんだろうけれど、基本ネガティブなわたしは、付き合いだしてうまくいかなくなるのがこわい。自己主張し合ってケンカするのが嫌。お互いを深く知れば知るほど、傷つけ合うダメージが深くなる。自分が傷を引きずるのも嫌だし、自分が原因で人を悲しませたくない。パパとママを見ていて、どんどん男の人や、外界と交わることに対して、臆病になっていった気がする。そう、祐二くんと出会うまでは。

          *

「どうもご迷惑おかけして済みません。ほかに必要なものはありますか?・・・はい、分かりました。明日の夕方くらいになると思いますが、必ずお伺いします。はい、失礼いたします」

「ママ、どうしたの?」

 滋賀県に住む母方のおばあちゃんが、熱中症で救急搬送されたと、親戚のおばさんから電話があったのは、八月上旬だった。わたしは、大学受験はもうしないと決めたものの、やりたいことなんてないし、ママに心配や負担はかけたくないし、当分はフリーターで勘弁してもらおうと思って、毎日だらだらと過ごしていた。おばあちゃんには、不登校のことは伝えていない。

「ミドリ、悪いけど、ママ仕事が急には都合付けられないのよ。二、三日したら必ず行くから、あなた明日、一足先におばあちゃんのお見舞いに行ってくれない?」

 おばあちゃんは初孫のわたしには甘い。わたしとしても心配である。おじいちゃんは認知症が進んで、既に施設に入っている。わたしに断る理由はなく、早速スマホで新幹線のチケットを取った。着替えとゼリーなんかのお見舞いだけをリュックに詰め込む。宇都宮から東北新幹線やまびこで東京に出て、京都で乗り換えて守山まで四時間ちょっと。田舎すぎない、のどかな感じが心地よい。

 おばあちゃんは、点滴を受けてたけれど、思ったより元気そうで安心した。事前に言い訳を色々考えていたのに、高校や進路のことを何も聞かれなかったのは、少し気持ち悪かったけど。家のカギを預かって、病院から歩いて二十分くらいの、おばあちゃんの家に着く。早く退院はしてほしいけれど、これからしばらく、一人で自由だ。途中のマックスバリュで食材は買い込んだし、何して過ごそう。ここまで来てネットやゲーム漬けは、さすがにもったいない。地域のレジャーカレンダーを検索したら、数日後に琵琶湖の花火大会がある。浴衣はないけれど、これは行かなきゃ。

 おばあちゃんは、幸いなことに、わたしが滋賀県に来て三日目、ママがやって来た日に退院できた。食欲も戻ったので、退院のお祝いに何か作るよと言ったら、鮒寿司茶漬けがいいって。ハンバーグとかなら張り切って作ったのに、ちょっと拍子抜け。でも駅前にある老舗で、よさそうなのを買って、三人で一緒に食べた。わたしは鮒寿司はそれほど嫌いじゃないけど、お茶漬けはちょっと苦手なので、薄切りをそのままいただいた。

 ママは仕事が忙しいから次の日宇都宮に帰ってしまった。おばあちゃんを一人にするは、当面心配だということで、夏休み期間中はわたしが残ることになった。おばあちゃんとの二人暮らしは、嫌じゃないけれど、一言で言うと話題がないし退屈だ。おばあちゃんも、そのあたりの空気を察して、遊びに行っておいでと言ってくれるけれど、特にあてもない。京都や大阪まで足を伸ばせば遊ぶところはあるのだろうけれど、そこまでして人混みにもまれたくない。

「ミドリ、ちょっとおいで。多分これでサイズも合うと思うんだけど」

 おばあちゃんの声に呼ばれて玄関まで出てみると、そこには白い、ドロップハンドルの自転車がぴかぴか光っていた。女性仕様のドマーネAL。ロードバイクとの初めての出会いだった。

「え、これわたしに?どうしたの、急に。嬉しいけど・・・これ、どうやって乗るの?」

 おばあちゃんによると、近所に最近できた自転車屋の店長が店先で通行人にコーヒーをサービスしていて、思わず立ち寄って話をしているうちに、孫にちょうど良いと思いついて衝動買いしたのだという。なんでも店長さんは、イタリア帰りの元プロ選手で、去年のレースで日本一の店長になったんだとか。なんだかよく分からないが、変速の仕方が分からないので、直接店に行ってレクチャーしてもらうことにした。

 ドラゴンスククエアというお店は、おばあちゃんの家から歩いて数分の所にあった。カントリー調の店はとってもきれいで、本当にドリップコーヒーのカウンターがある。脇本店長は、丸顔で優しそうな雰囲気だが、しゃべる言葉はバリバリの大阪弁で、しょっちゅうダジャレやギャグを飛ばしては、周りのお客やスタッフを、寒い笑いに引きずり込んでいる、とてもユニークな人だった。

「ああ、お嬢ちゃんが、あのマダムのお孫さんか。こっちはただコーヒー飲んでもらっただけやのに、バイク買っていただいて、ほんまおおきにでした。ほしたら、フィッティングさしてもらいますわ。身長と股下と腕の長さと肩幅計らしてもらうんですけど、きょうびセクハラとか厳しいでしょ。計り方言いますんで、ご自分でここに数字書きこんでもらえます?」

 なんだか調子の良い吉本芸人と話をしているようで、前年に最速店長選手権に初出場で優勝したすごい人だというオーラは感じなかった。脇本店長とは、その二年後、去年の夏至の日にブルベで再会したのだけれど、すっかり覚えていない様子だった。まあ、毎日何十人ものお客を相手にする商売だから、仕方ないのだろうけれど。

 中学の入学お祝いに、パパからクロスバイクを買ってもらって、今も宇都宮の自宅で使っているので、前傾ポジションはそれほど恐くない、でも、クロスとは段違いの加速は、ちょっと感動的。わたしの人生、もしかしたら、これがきっかけで何か変わるかもしれない。

 最初はビンディングが恐くて、フラットペダルで乗っていたが、家の近所を乗るばかりではもったいない。どこか遠くに行きたいな。それも、どうせなら、自分の限界とか可能性にチャレンジできるくらいの。まあ、とりあえずは、花火大会でも見に行こうと思って、大津まで出かけた。これが祐二くんと初めて出会った夜だった。

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