第17話 一番長い日(前)

 兵庫県西宮市、国道四三号線の北側に、重要文化財である赤門が堂々と構えている。全国で唯一、えびす宮総本社を誇る、西宮神社である。大阪市港区にある今宮戎神社が、十日戎のえべっさんとして有名になったが、社格としては言わずもがな、こちら西宮が上である。

 境内の北西には、天然記念物のえびすの森が広がり、国宝三連春日造の本殿は、檜皮葺から再建された銅屋根が古色を帯びる。東の第一殿には蝦夷、中央の第二殿には天照と、社格を有さない式内社として大国主、西の第三殿には須佐之男を祀っている。

 代々宮司を務めている吉井家は、日本古来の信仰にまつわる古文書研究の権威であり、権宮司良和は、絵本の読み聞かせのように、幼少時からこれらの神話を聞いていたが、当社の年中行事が象徴する真意について、ずっと深い関心を抱いていた。

 六月は、何かとても重要な祭礼が抜けている気がする。いや、それは敢えて隠されているのではないか。十四日には、琵琶祭とも呼ばれる御輿屋祭が済んだところである。供物にビワを積み、巫女がびわ娘に扮し、参拝者に琵琶の形の団扇を配る。確かにビワの季節ではあるが、それだけなのか。

 この祭りは、西宮神社の縁起にまつわる神話に起源がある。神代の昔、西宮の漁師が神像を網にかけた。自宅で祀っていると、夢の託宣で場所を移りたいという。急いで安置すべき場所を探しに出たものの、よく分からなかったので、手にしていた神像の尻をつねって起こし、ここで良いかと確認したという。触らぬ神にたたりなしというが、神をつねって覚醒させるなど、その場で断罪されてしかるべき、畏れ多い所行ではないか。

ここで御伽話としてぼかされているのは、最初は単なる神の偶像であったものが、ひとの手によって神として実体化していることである。御神体というものは、通常木とか岩とか、絵とか彫像である。第一殿に祀られている、あの蝦夷大神は、何か刺激を与えれば、意志を持つ神として覚醒するのだろうか。

 次に控えし神事として、夏至を過ぎ、六月三十日に西宮神社で執り行われる夏越大祓は、もとは宮中の行事であり、ごく限られた貴族だけに許された秘儀であった。身の穢れを、人形に息を吹きかけて移し、己の心身を回復させる。この日を選んで現在も続く茅の輪神事は、風土記に由来が記されている。

 旅の途中、みすぼらしい姿の須佐之男を、心ばかりのもてなしで迎えた蘇民将来の娘は、須佐之男から礼として茅の輪を贈られ無事だった。一方、もてなしを断った村中の他の者たちは、須佐之男の怒りに触れ、かまいたちで切り刻まれ、雷に打たれて皆殺しにされたという。今では単なる厄除け神事とされているが、8の字を描きながら進み、設置された大きな茅の輪をくぐることが、なぜ心身蘇生の御利益があるのだろう。その前の琵琶祭と何らかのつながりがあるのではないか。だとすれば、時期的にはこの二つの神事のちょうど合間に訪れる、明日の夏至に何かがあるはず。

 また、大国主の西神社として、西宮神社が認められた経緯には、古来からの紛糾があった。ひとの都合はともかくとして、大国主が高天原の神々から迫害され、溶岩で焼かれたり、大木の裂け目に挟まれたりして、二度も落命したものの、その度に宝貝の霊力で蘇ったという。古事記の神話は、巧みに史実をカモフラージュしている。大国主を蘇生させた力は、実は蝦夷の封じられた力なのではないか。正規を踏まず、大国主を天照と共に祀っているのは、公開できない事情が隠されている証左であろう。そして、8の字を描く移動によって練られた、須佐之男の破壊と守護の呪力が、二つの輪の交点で最大となり、蝦夷の封印を解く鍵となる。

 ネットの掲示板などは一切見ない権宮司が、そこまで想像を巡らせた時、学生アルバイトの巫女が社務所に駆け込んできた。

「権宮司、造園業者さんからお問い合わせです。茅の輪の大きさは去年と一緒でいいんでしょうかって」

           *

 音塚閃太郎にしがみつき、大型バイクで応急診療所に着いたハチケンは、外科の診察はしていないと初めて聞いて、焦った。日頃、病院などに行ったことがない、すこぶるつきの健康体としては、足の小指の付け根が痛い程度で救急車を呼ぶなど恥ずかしいし、消防庁から救急受診アプリなどというものが提供されていることも知らず、バイト先の閃太郎に無理を言って最寄りの夜間診療所まで送ってもらったのである。当直医のいる医院を教えてもらい、急ぐ。

「第五中足骨の疲労骨折ですね。よくありますよ、昔は下駄履き骨折って呼ばれてたくらいですから。心配要りません。半ギプスで三週間から四週間、それで治ります」

 学生にしか見えない若い当直医は、レントゲン写真を見ながら落ち着いて告げた。軽い捻挫だろうと思って放置していたが、だんだん痛みがひどくなった。自分が甘かったのは間違いない。ただ、亜弓のコーチングを休むわけにはいかなかった。もうFTPを計り直す必要はないと言ったが、おそらく百五十くらいには届いたはずだ。足の痛みは我慢できる。ギプスなんかしなくても、歩けなくもないが、さすがに自転車で三百キロは走れない。

「閃太郎、すまんが、あと一つだけ頼まれてくれないか」

「だめっすよ、ハチケンさん。言いたいことは分かります。でもおれ、オートバイは十六から乗ってますけど、ロードバイクなんて乗ったことないんで、いくらなんでも三百キロは無理っす」

 知り合いには、アワイチやビワイチが好きなロード乗りはいくらでもいるが、いきなり明日の夜明けから走ってくれとは言えない。

「そうだな、車でのサポートに専念するしかないか」

          *

 明石海峡大橋は、神戸市の東舞子と、淡路島の北端の町、岩屋を結ぶ、世界最長の吊り橋である。淡路インターで高速を降り、北に戻って、道の駅あわじがアワイチの起点となる。ここの駐車場は、当然ながら施設利用者のためのものであり、サイクリングなどの長時間駐車はお断りとの注意書きが貼られている。

 大橋がよく見える、ビュー松帆の湯という温泉施設では、自転車積載車用のツーリング駐車場が設置されている。こちらも、アワイチ帰りのサイクリストにはよく利用さているが、営業は午前十一時からなので、琵琶湖に移動することを考えると、使えない。結局、岩屋の海岸沿いにある自走式立体駐車場が良かろうと言うことになった。インターから道の駅に向かう途中にあるので、ロスはない。

 丸瀬紗弥は、美津根が運転してきたワンボックスカーから自転車をおろし、二列目と三列目シートをフルフラットに倒して、薄い毛布を被り仮眠していた。仮眠といっても眠れるはずもない。ただ、目を閉じて横になっていれば、それなりに脳と身体は休めるからと美津根が言うのに従っただけであり、紗弥は高校時代の陸上大会前夜以上に、たぎる心を鎮めるのに苦労していた。

 運転席から降りた美津根は、既にサイクルジャージに着替えて、仮眠する様子もない。明かりがまたたく大橋を眺めながら、同道してきたクラブチームの若手に声を掛ける。

「おれとあの子が出発したら、付いてこなくていいからね。十時には絶対遅れないように、道の駅あわじの駐車場で待ってて。あと一人、夜明けまでには来るから。しかし、連絡も付かんし、大丈夫かな・・・」

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