第7話 シークレット・ブルベ(前)

 お花見スポットとしても有名な京都の嵐山は、普段から観光客でごった返しているが、川沿いに木津まで四十五キロの自転車専用道が延びている。まったく勾配のない、舗装状態の良い道路であるが、幅員二メートルでセンターラインはなく、対向自転車のみならず、サイクリングロードの常として、歩行者やジョガーもかなり多い。初心者向けのコースなので、ここだけをリピートするサイクリストは多くない。

 木津から奈良の明日香村まで、せんとの道を通って急な登りを含んで二十五キロ。そこで昼食休憩を取って、JR京田辺駅まで四十五キロ、途中若干の寄り道を含めて約百二十キロの道程を走り終えた一団に対し、このロングライドスクールの主催者である美津根崇広は、苦笑いを交えつつ、解散のあいさつをした。

「はい、皆さん、お疲れさん。チームのみんなは物足りなかったよね。初心者コースだしね。物足りた人も若干いるみたいだけど。まあ、交通ルールを遵守して、互いの安全に気を配りながら、楽しく、ラクに速く走る。その勉強にはなったんじゃないかな。帰りの向かい風がきつかったから、先頭交代の練習にも良かったと思います。予定より若干遅くなったけど、おれの家はここから近いしね。京都方面の人はこのまま川沿い戻ったらいいし、大阪方面の人はここから輪行した方がいいね。じゃ、解散」

 クラブチームのジャージ姿のグループは三々五々離散し、美津根は一人取り残されたように、ヘトヘトになってる若い女性に声を掛けた。

「丸瀬さん、だったっけ。まあよく最後まで付いてきたよ。上出来上出来。でも初心者がいきなりヴェンジなんて乗らない方が良かったかもね。あれはトップレーサーが三百キロのレースで一分を削るための道具だから」

 丸瀬紗弥は、高校時代に陸上短距離で県大会まで出場した自分の体力を過信していた。使う筋肉が全然違う。とにかく速いマシンが欲しくて、最高の空力性能を有するヴェンジを衝動買いしたのはいいが、ディープリムのホイールは走行中に横風にあおられると不安定になるし、とにかくお尻は痛いわ、首や肩や背中や、腰にふくらはぎ、手首にいたるまで、ほとんど全身筋肉痛になってしまった。専門誌のテストデータでは、最新のエアロロードは、アマチュアでもほとんどペダルを踏まずに足を乗せている程度の出力百ワット未満で、時速三十キロを軽々とキープできるとある。室内トラックでのテストという前提は読んでいたものの、記憶から除外していた。それにしても今日のコースは楽勝のはずだったのに、自転車をナメていた。

「すみません、みんなにご迷惑かけちゃって。初心者歓迎って書いてあったから大丈夫だろうと軽く考えてました。でも、だいぶ乗り方も分かってきたし、あとちょっと練習したら、三百キロくらい一日で走れますよね」

 紗弥はすらりと伸びた長い脚をもみほぐしながら、懇願するような目で美津根を見た。

 京都府城陽市に住む美津根は、元プロのロードレーサーで、鎌倉の八代隆康より五歳ほど年上である。当然ながら親交があり、専門誌が毎年行っている新型マシンのテストライドには二人ともよく呼ばれ、インプレ記事を依頼されたりしている。

 小柄で軽量な八代は、山岳ステージにおける登坂のスペシャリストとして、当時日本最高のクライマーであり、オリンピックで活躍していた。その頃、美津根は、平地で時速四十キロ以上のハイスピードを何時間も維持できる、タフなルーラー脚質を活かし、主にヨーロッパを転戦していた。引退まで千五百レースに出場した鉄人であり、現役引退後は自転車用品関係の会社を立ち上げ、実業団チームを率い、ロングライドスクールなども主催している。四十代半ばになってから、四年に一度開催される、世界最大の自転車ロングライドイベント、パリ~ブレスト~パリ千二百キロの道程を、不眠不休で走り抜き、総合二位、歴代日本人最速で驚異の四十三時間という伝説を作り、ロングライドの神様のような存在になった。

「いや、悪いけど。おれの三百キロと、君の三百キロは、なんていうか、尺度が違うんだよ。今日の走りを見ていた限りじゃ、もうちょっとコツコツ練習した方がいいな。百キロ程度のライドをさ」

 大柄で筋肉質の美津根が、ミラーシールドのアイウェアを外すと、目の周囲が逆パンダの日焼けになっていて、太い眉毛で一見強面の風貌が一気に親しみやすくなる。ぶっきらぼうな物言いも居丈高な感じはなく、深いしわが刻まれた目尻が人なつこく笑うと、素朴で実直な印象を受ける。

「あのー、お忙しいと思うんですが、わたし、どうしても夏至の日までに三百キロ走れるようにならないとダメなんです。お願いします。ロングライドの基本、教えてください」

 レースで勝ちたいと教えを請う若者は少なくない。美津根は、選手引退後は実業団チームの育成よりも、ロングライドに軸足を移していたが、あと二ヶ月で三百キロ走れるようにならないとダメだと、必死で訴える紗弥の姿に興味がわいた。

「おれのホームページとかブログ読めば、大体書いてるけどな。でもまあ、おれが納得できる事情があるなら、個別に検討してみようか?」

 黒いリクルートスーツに身を包み、美津根の事務所を紗弥が訪れたのは、その翌週だった。

           *

「まあ、そこ座って。何でそんな格好なの?」

 レースの写真や自転車のパーツがあちこちに置いてあるオフィスで、三津根はペットボトルに入ったコーヒーを紙コップに注ぎながら、紗弥に席を勧める。紗弥が手土産に持ってきたタマネギせんべいを、早速いただこうと封を開く。

「わたし、就活中なんです。この間、会社辞めちゃって。今日も実は京都で面接の帰りで。とりあえず今は派遣でつないでるんですけど、ここの会社、募集してませんか?」

「いや、そんな話じゃないんだろう、今日は。三百キロって、何か、深いわけでもあるの?」

 紗弥が語った話は、美津根には何とも判断し難いものだった。

「その、なんだっけ、『秘すとリアル』、おれには怪しげなネットサークルとしか思えないけど、本当に信用できるの?何か証拠はあるの?」

 紗弥がバッグから取り出したものに、美津根は目を奪われた。和同開珎、七百八年に日本で初めて作られた通貨である。

「私も半信半疑で、友だち誘って、何かつかめるかと思って、車でこのルートをたどって、西宮の戎神社まで行ったんです。別に何も手がかりはなくて、帰りがけに売店じゃなくって、なんて言うんですか、お守りとか売ってるところ。あそこで商売繁盛の福銭をいただいたら、五円玉と思い込んでたけど、一応中身を確認したんですよ。そしたら、これだったんです。店員さん、じゃなくて巫女さん?に聞いたけど、分からないって。向こうもびっくりして、宮司さん呼んできてもらったら、それはあなたの信心が奇跡を呼んだのだろうってことでした」

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