第13話 Dismiss(解雇)

「あ、勝てて良かったっす。野手の皆さんとリリーフ陣に感謝したいっす」


 初先発を見事に勝利で飾った俺は、試合後のコメントを求めて食い下がる記者達に月並みな感想を残すと、勝手の分からない福岡ドームをホークスベンチへと向かう。


(とにかく、猿渡さんに会って…)


 足早に歩を進める俺は、後ろから肩を掴まれた。


「おい、佐々木、そっちホークスベンチだぞ、出口はあっち!」


 振り返ると、キャッチャーの小島が親指で後ろを指さしている。

 

「あ、いや、その…」


 口を濁して要領を得ない態度で、小島は気づいたようだ。


「佐々木~、お前、まさか猿渡さんに会いに行こうとか思ってないよな?」


 黙って頷いた俺の頭を、小島がパチンとはたく。


「お前、猿渡さんに会って何話すつもりだよ?」

「え?」

「『最後ストレートじゃなくて残念でしたね』とでも言うつもりか?」

「そんな事!」

「じゃあ、何だよ?」


 それは全く考えていなかった、ただ、会って何か言わなきゃと思っていただけだ。

 答えに詰まる俺に、小島が更に続ける。


「勝者が敗者に言葉を掛けても嫌味になるだけだ、言いたい事があるならボールとバットに込めろ、それが俺達プロ野球選手だ」


 確かに、小島の言う通りだ。


(でも、もう猿渡さんにはそれすら出来なくなるかもしれないんですよ!)


 俺は、喉まで出かかったその言葉を飲み込んでうつむく。


「だいたい、お前だって人の心配してる場合じゃないぞ」


 北原さんと同じ事をここでも言われて、俺はハッとして顔を上げた。


「順調に見えて急に勝てなくなる投手も居るし、怪我してそのまま消えてく選手も居る。俺達が居る世界は人情でどうこうなる世界じゃないんだ、お前もそろそろ自覚しろ!」


 小島はそう言うと、また軽く俺の頭をはたいた。


「分かりました…、まずは自分の事ですね」

「そういう事だ、それがチームの為にもなる」

「はい」


 俺はやりきれない気持ちに無理やり蓋をしてチームバスに乗り込んだ。



 翌朝。


 スポーツ新聞には、俺の初先発勝利を大々的に知らせる片隅に、猿渡の引退が小さく報じられていた。

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