第10話 Locker Room(ロッカー室)
「やるじゃん佐々木~!明日スポーツ新聞の一面決まりだな!」
「いやぁ~、まだまだですよ~」
試合後のロッカールームで、キャッチャーの小島やセンターの松本の冷やかしを受けて、俺は満更でもない気分で浮かれていた。
(今度こそ、北原さんに話してみようかな?)
だが、そんな俺の浮かれた気分は、セカンドの有田の言葉に冷や水を浴びせられる。
「猿渡さん、もうクビかもな…」
「えっ!?そうなんですか?」
こちらの世界の現実を知らされた様な気がして、急に気分が落ち込んで来た。
「だって、去年もほとんど二軍だったし、あの人もう九年目だろ?あと一年で年金貰えるのにな…」
「年金!? 年金貰えるんですか!?」
自分の年金さえ良く分かっていないのに、プロ野球選手の年金制度なんて考えた事もない。
「NYとかLAの奴らが入って来てから額が上ったんだけど、十年以上選手登録が無いと貰えないんだよ。だから猿渡さんが今年クビになったら貰えないって訳だ」
「そうなんですか…」
俺は丁寧に説明してくれる有田に好感を持った。
(今度からこの世界の事はこの人に聞いてみようかな)
「猿渡さん、女房子供も居るのに大変だよな…」
「ウチなんか子ども五人だぜ」
「明日は我が身だよな…」
俺はもっと他に聞きたい事があったが、中堅選手たちが次々と会話に入ってきて愚痴大会になって来たので、トイレに行くと言って席を外す。
東京ドームの選手用の施設は初めてなので、物珍し気にフラフラしていると、後ろから声を掛けられた。
「佐々木君!」
「あ、はい?」
振り向くと、生気のない目をした猿渡が立っている。
(何でこんな所にいるんですか?)
そう思ったが、東京ドームの構造が分かっていないので、もしかしたら場違いなのは俺の方かも知れない。
さっきローカーであんな話を聞いたばかりなので、気まずさを感じていると向こうから話しを振って来た。
「いやぁ、佐々木君は凄いね、さすが期待のルーキー」
「い、いや、そんな事ないです…」
もう気まずさはMAXだ。俺は早くこの場を離れたかった。
「やっぱり俺はもう潮時だな…、実は田舎に帰って親戚の印刷工場手伝おうと思ってるんだ」
寂しげに呟く猿渡の言葉を聞いて、さっきの会話を思い出した俺は、気づくと励ましの言葉を掛けていた。
「そんな!まだ大丈夫ですよ! あと一年やれば年金も貰えるじゃないですか!頑張りましょうよ!!」
猿渡は、十八歳の青年から『年金』の言葉が出た事に驚いた顔をしたが、恥ずかしそうに笑うと、目に力を取り戻して俺に言った。
「そうだな、次のチャンスを絶対ものにして、しがみついてみせるよ!」
「その意気ですよ!!」
立ち去っていく猿渡の背中に、心の中で声援を送っていると、少年の声が聞こえて来た。
「あ、ささきだ!」
声の主を見ると、例の少年だ。
「ささき~、サインちょうだい!」
(サイン!?)
ロッカーに佐々木のサインが張ってあるので、何となくは分かるが書いた事はもちろんない。
だが、いつも応援してくれる少年を目の前にして断る勇気もない。
(ま、どうせ何書いてあるか分からないんだ、どうにかなるだろ!)
俺は色紙とサインペンを受け取ると、見よう見まねでペンを走らす。
「ささき~、きょうはありがとう!」
ノーアウト満塁のピンチを救った事を言ってるのだろう、普段、感謝などされる事の無い俺は、嬉しくなって少年の頭を撫でながら聞いた。
「で、君の名前は?」
少年は笑顔で答えた。
「きたはら まもる!」
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