第15話 実技訓練

「ふぅ……これで今日の座学はしまいか」


午前中の講義が終わり、ようやくお昼の時間がやってきた。


「響、疲れた。少し休ませて……」

「おい、リエルっ! 俺を座椅子がわりにして寝るな!」

「ダメ、なの……?」

「だ、ダメに決まってるだろ! 俺だって疲れてるんだ」

「そうなの……? なら、私の膝に寝る?」

「なっ、ば、バカ言うな! ったく……!」

「慌てる響、可愛い」


『私をかまって』とからかってくるリエルとの会話が常にあり、不思議と退屈まみれの学園生活はとても充実していた。その一方でアレックスは朝から鬼に取りつかれたかのように教室の隅でペンを走らせている。


「っ……」

「ん……? 響、どうかした?」

「あっ、いや……アレックスの奴、大丈夫かなと思って」

「頭をぶつけて勉強に目覚めた……?」

「それは馬鹿にしすぎだろ……。でも、あいつが勉強なんて……あの、アレックスだぞ?」

「……ん、確かに。昨日と別人。でも見かけによらないのかも」

「まぁ、昨日の今日だからな。勘ぐりすぎか?」


昨日とはまるで人が変わったかのような態度で授業に臨む姿に違和感を覚えながら俺とリエルは昼食を取りに向かった。学園の食堂は体育館並みに大きく、リーズナブルな金額でご飯が提供されていることもあって大勢の人間で溢れかえっている。まさに腹を満たす憩いの場だ。


「響は何食べる? 私はナポリタン」

「あ~……俺は安いカレーライスかな。実質、エミリーの家にお世話になっているからあまりお金を掛ける訳にはいかないからな」

「そう……、響は優しい。ヨシヨシしてあげる」

「や、やめろ! 頭を撫でるな!?」


なんやかんや騒ぎながらも俺とリエルは見通しの良い窓際の席に陣取って昼食を取り始める。しかし、そんな俺には気にかかることが一つあった。


「なぁ、お前さ、友達とか作らないのか?」

「友だち……? 私には響さえいればいい。必要ない」

「そうは言っても……実技とかいろいろあるだろ」


俺がそう突っ込むとズルズルズル、もぐもぐと音を立てながら食べるリエルはムッとした顔になってピッと指を差す。


「……ごくっ、響だって友達いない」

「いや、それはそうだけど、男の世界と違って女の世界は面倒くさいだろ?」

「そうなの……?」

「そうなの、普通は――! って、なんだ? なんか騒がしいな……?」

「――あなたたち、講義だけじゃなくランチまで二人とはね?」


何の前触れも無く俺の隣に現れたのはピザのMサイズを一枚、丸々と持ったエミリーだった。そんな物をもって『悪名高いエミリー』が歩けば騒がしくなるのも当然だ。


「おいおい、校内だぞ? 堂々と横に座るなよ。関係性がばれても良いのか?」

「いいのよ、これくらいで。それに、生徒を指導するのも教師の役目なんだから」

「それ、全部食べるの? 先生」

「もちろんよ、なんなら味見程度に少し食べてみる?」

「わーい」

「はぁ……指導しにきたんじゃないのかよ」


俺が呆れるように言うと「それもそうか」という顔をして手を伸ばすリエルからピザを遠ざける。


「ぁ……」

「リエル、あなた……友達を作りなさい。これは教師としての助言よ」

「またその話……。そんなの、要らない。私より強い奴とならなってもいい。でも、みんな雑魚。なる価値なんてない」

「……そう。別にいいけど、これから苦労することになるわよ」

「おい、エミリー! ぁ……いっちまった」

「先生のケチ……ピザ食べさせてくれなかった。……食の恨みはおそろしい」


エミリーの背中にいつか何かしてやると言わんばかりにギッと睨みをかます。

そんなことをしたからと言ってピザが戻ってくるわけも無く、俺たちは黙々とご飯を流し込み、午後の講義へと移った。


「午後はグラウンドでの実技……か……」

「響、自信ない?」

「馬鹿言え。腕にはソコソコ自信はある。けどな……分かるだろ?」

「ん。でも、先生も馬鹿じゃない。手加減はする……と思う」

「今の若干の間はなんだ?」

「えへへ」

「ったく、笑い事で済めばいいけどな……」


多分、うちのクラスの大半は雑学から解放されて「やったぁ~実技だ~」と思っているのだろうが、こいつらはまだ知らないのだ。あの規格外の化け物を――。


それはお高くとまるハブロスの次期当主も同じだった。


「にしても、あの犯罪者……予鈴が鳴ったのに出て来ないとはクズだな」

「さすが、エリオットさん! 時間にも厳しいですね」

「当然だ。そんなこともできなければハブロスの次期当主として――」


エリオットが訓示を話し出そうとした瞬間、俺の背筋にピリッとした感覚が走った。無条件に何かヤバいと感じ取った俺は声を張り上げた。


「散開しろ!!!」

「<守りの障壁よ!!>」


それと同時にリエルが俺を庇うように抱きとめて防御障壁を展開しながら地を転がる。その刹那、そこに天空から稲妻が降り注いだ。しかし、俺たちの警告も空しく、エリオットは稲妻に撃ちぬかれ地面に倒れた。


「フン、人の悪口を言う前に自分の脇を固めないで次期当主だとかなんだとか、そんなこと名乗るべきじゃないわ。それにあなたって実質、継承権2位でしょうが――」


太陽を背にして風の魔術を織り交ぜて人影が滑空してくる。降りてきたのは言うまでもないが、稲妻を放った元凶のエミリー。その人だった。


「え、エリオット様! 教師だから何でもして良いと思ってらっしゃるんですか!」


エリオットの取り巻きである赤毛の少女――リサはキッと目を細めてエミリーを睨みつける。しかし、エミリーは阿保らしいと言わんばかりに数倍、鋭い視線で睨み返す。


「馬鹿にしてきたのはそっちよ、それにここは学院と名の付いた戦場よ。魔術師である以上、常に気を張って攻撃に備えることもできなかったら――あなた達、死ぬわよ」

「っ……! ふざけないで! ここは戦場ではありません! ここは学び舎で切磋琢磨する場所で――!」

「あはははは!!」

「な、なにがおかしいと言うのですか!」

「いやっ……ブッ、考えがぬる過ぎて、あははは! 笑うしかなかっただけよ! あははは!!」


エミリーは腹を抱えて笑い出す。遂に狂ったのかと全員が思ったのだが、エミリーはすぐに笑いを消して真顔に戻る。


「はぁ~あ~! ……リサ・メーベル。それを本当の戦場で、ここに居るクラスの人間と命を取るか、取られるかの戦いになっても同じことが言えるのかしら?」

「何を言っているのですか! 意味が分かりません! このクラスの人間と刃を向け合うなどそんなこと、起こるわけ――!」

「あるわよ?」


エミリーが即答する。そして、目線を一切、外さずにリサへと近づく。


「あなたたちの記憶に新しい『三か月前のクーデター』。あれだってね、元はこの学院の出身よ? それを元学院の生徒が制圧――いいえ、殺したの」

「そ、それはたまたまそうなっただけで――」

「その考えが甘いわ。今のご時世、犯罪組織に傾く以外にも『領土紛争』だってあり得る。明日にはそのハブロスの次期当主様とメーベルの家が争っている可能性すらある。――それが現実よ」

「な、なんて……なんて無礼なことを!! 教師だとしても看過できない!! <熱き地脈よ・炎竜の雷をもって・焼き払え!>」

「<障壁よ>」


完全にリサの沸点が切れたようで左手をエミリーに向け、三節で魔術を紡ぐ。しかし、あまりにも詠唱が遅い。ゆえにエミリーはまるでハエでも叩き落すかのように防御障壁を張り、飛んできた土ぼこりを余裕の表情で払って見せる。


「まぁ、そう来るだろうと思っていたわ」

「っ……」


リサは人を殺しかねない憎悪の目でエミリーを射抜く。

それに対してエミリーは憐れむような視線を向けながら淡々と話を再開する。


「リサ。あえて、あなたに分かりやすく、噛み砕いて言ってあげるけれど、私がエリオットを撃ちぬいた攻撃と今の攻撃の『意味合い』は同じものよ。今、あなたは自分の事を馬鹿にされたから魔術師として私に立ち向かった。つまり、そこに教師や生徒なんて言う枠組みなんて無いのよ」


そう言うとリサの横に並び、いじわる気に視線を向ける。


「それに私は、別にあなた達の間を引き裂こうってわけじゃない。仮にあなたたち二人が付き合っていようが、コソコソ夜の営みをしようが構わないわ。だって、責任を取るのは私ではないから」

「つ、付き合う!? 夜の――だ、だ、断じて違います!!」


その言葉にリサは顔を赤らめる。その反応でクラスメイトは「え、あの二人そういう仲なの」と勘ぐる様に見つめる。これはしばらく噂になりそうだ。けれど、そんな浮ついた感覚は長くは続かなかった。


「あらそう? どうでもいいけど。さぁ!! 茶番はおしまいよ!! 時間が惜しいし、とっとと実技訓練を始めるわよ! 二人一組でペアを組んで」

「ん、なら響と――っ!」

「響、俺と組んでくれないか?」

「あ、アレックス!? お、おう、オッケーだけど……大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」


素早く飛び込んできたアレックスの表情はすごく強張っていた。


「ああ、大丈夫だ。悪いな、心配かけて」

「ん……。私のペア……取られた」


そう言ってムッとした表情になったリエルだったが、実際の所はアレックスの表情を見て手を退いたというようにも見えた。ぶっきら棒に見えて優しい心があるのがリエルの良い所だと俺は思う。でも、その不器用さ故にグループ決めからあぶれてしまい、リサと強制的に組まされることになった。


「よりによってあなたと組まされるなんて最悪ですわ」

「それ、こっちのセリフ……」


2人の間にはバチバチと火花が散っていた。それでもエミリーは手加減をしない。


「それじゃあ、今日は防御魔術の練習よ。守りは基本的に光や風と言った相殺できる魔術を空間に構築し、自分の身を守る。ある程度の熟練した魔術師やセンスのある者なら『障壁よ』の一節で起動することができるわ」

「でも、守りだけじゃ駄目なんじゃ――」

「そう、その通り。本来の魔術戦においては守りは一時凌ぎにしかならない。そんなものよりも素早い詠唱での魔術起動と、絶対的な攻撃力が求められる。それはこの魔術学園だけじゃなく、戦場においても同じことよ」

「それなら攻撃魔術を教えてください。軍で求められているのも攻撃魔術の使い方が上手いか、どうかじゃないですか!」

「確かに。でも、まだあなた達には早すぎる。さっきも言ったように自分の身を守れる備えをしておかなければ、その力も振るえない。だから、強くなって軍に入りたい者は、まずは守りを覚えなさい」


そう言いつつ、エミリーは木刀が入った入れ物を各組に渡していく。しかし、全員が首を傾げた。魔術の練習をするのに木刀を使うはずがない。でも、エミリーの発想は全く違った。


「行き渡ったわね。それじゃあ、今、剣を持っている人間は隣のパートナーをメタメタに叩き斬りなさい。切られる側は必死に防御魔術でそれを防いで」

「「はあああ~!?」」

「いいからやりなさい。やらないなら実技の評価を落とすわよ? それから斬られる側! 絶対に反撃はなしよ。ちなみに攻撃側は半殺し程度までの攻撃は許可するわ♪ あっ――もしも、手を抜いているのを見かけたら私が代わりに叩き斬ってあげるから気を付けなさい?」


全員がどよめく中、俺たちの実技が始まった。


「悪く思うなよ。響。これも単位のためだ」

「ああ、来い! <障壁よ>」


アレックスの剣と俺の展開した障壁がぶつかり合う。一合、一合を重ねる中、俺はある違和感に感じていた。マナが木刀で削れた瞬間、僅かに感覚が研ぎ澄まされるような感覚が体の表面をなぞる。


「さすが、学年2位だなっ……!」

「それはどうも――!」


障壁と木刀でつばぜり合いをする中、後方から何かが来ると不意に感じて「まずい」と直感的に判断する。すると、なぜか魔力的な動きが自分の体から微かに起こった気がした。


「……!? 響、お前……」

「えっ?」


アレックスが口を開けて固まってしまい、後ろを振り返るとそこにはエミリーが上段で構えて立っていた。しかし、その前には障壁が展開されていた。


「お見事。さすがは響ね。合格よ、まさかあなたがやり切るとは思わなかったけど」

「はっ!? どういうことだよ?」

「自分で気付いていないのね? はぁ……。今のは『無詠唱』よ。私が打ちこもうとするときに障壁を張る訳が無いでしょう?」

「え? ええ!? 無詠唱って……俺が魔術を無言で発動したってのか?」

「そう、その通り。おめでとう、フンっ」


エミリーは自分がしたかったことが出来たからか満面の笑みを見せる。


「ネタを明かすと今日の実技自体、魔力操作の訓練なのよ。霧散した魔力を身近に感じて『発現のプロセス』と『一節詠唱のセンス』を獲得させる。その上で上級者には『無詠唱のセンス』を見出す。前に言ったでしょ? 魔術は『想像する力』と『強い思い』が発現させるって」

「つまり、危機的状況に陥ってしまえば本能的に守りを想像してしまい、痛みで思いが強まることで一節詠唱ができるようになる……そういう感じって事か?」

「ええ、大当たりよ」

「んな、無茶苦茶な……」

「そうかしら? 私が響に教えた内側に切り込む剣術――あれだって同じようなモノでしょう?」


そう言われると返す言葉が見つからない。事実、あの剣術は痛みを覚えてからエミリーの動きをコピーし、俺自身で何とかするしかないという意志の元で会得できた業だ。つまり、その土台が今度は魔術に変わった。ただそれだけに過ぎず、あの訓練とも何ら変わりはない。


「さーて、あっちのリエルも限界かしら? いくら主席とは言ってもこれだけ長期戦になれば摩耗してくる。フフッ、プライドが粉々になる様は見ていて楽しいわね」

「いや、完全にそっちが主目標だろ……」

「そんなこと無いわよ? だって私は教師なのよ? こんな酷い事するわけないじゃない~」


どの口が言うんだという言葉を残しながらエミリーは木刀を肩に携えてリエルとリサの方へと向かって行く。


「リエルちゃん、大丈夫かな? なぁ、響……お前、行った方が良いんじゃないか? 俺、手の豆が痛くてよ」

「なんだ? ビビってんのか?」

「そうじゃねぇよ。ただ、お前くらいだろ。リエルちゃんを気にかけてやれるのは――」

「……まぁ、確かにな。はぁ、わかったよ。アレックス。ありがとうな。少しだけ見てくるから逃げないで待ってろよ?」

「ああ。なぁ、ヒビキ!」

「ん? なんだ?」

「リエルちゃんの事、頼んだぞ。俺じゃ、先生を止めるのは無理だからよ」

「ああ、任せとけ!」


俺はアレックスを置いてリエルの方へと向かった。

だが、俺はまだアレックスの言葉の意味を正しく理解していなかった。

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