DAY-03-04

 ――「……この通りだ」

 そう言って、道正は頭を下げた。

 幻想を見ているのではと思った。まだ話し始めて十分も経っていない。これからだというのにこの男は何をしているのかと言葉を失った。

「頼む。涼夏の後を、看てやってはくれないか」

 光貴は状況を理解しきれず、頭を床に着けている道正を見下ろすしかなかった。

「平井さん。それでは話になりません。顔を上げて、説明して下さい」

 上林の言葉は、促すというよりも、強制力を持った声色を発する。

 すると今度は、その妻も両手を添えて頭を下げ始めた。

「私からも、どうかお願い致します」

 もう何が何だか分からない。これでは、涼夏の世話は全部任せると言っているようなものだろう。しかし光貴は平井家とも牧野家とも関係はない。夕季と同級生という間柄ではあっても、他人にそうまでして懇願する心境が全く読めなかった。

「お二方、これ以上場を混乱させるのは止めて頂きたいです」

 抑えていた怒りを全面に、上林が怒気を放った。

 渋々と顔を上げた道正は、唇を噛んで苦々しい表情をしていた。

「延々と続けていては結論は出ません。言うべきこと、聞くべきことは全部、この場で話しきった方がよろしいかと」

 それは光貴に対しても言っていた。わだかまりは全部なくし切った方がいい。その為にこの場を作ってもらったのだ。茨の道でも掻き分けて進むと覚悟をした。

 上林が促し、一呼吸を挟んで口を開く。

「平井さん。涼夏さんは夕季のお子さんだということは以前に知りました。ですが不明な点があります。…………涼夏さんの父親は誰ですか?」

 まずはそれを聞き出さなくてはと決めていた。こうまで事が深刻になっているのに顔を出さないのが不可解だった。例えば出張とか、遠方に勤めているなら電話でも一つすれば来させることもできるだろう。

「……いない」

「はい?」

「いないんだよ。父親は」

「それは、亡くなっている、ということでしょうか」

 だとすれば、それこそ親戚とかが後を看るのが普通じゃないだろうか。父親が先に亡くなり、シングルマザーとして過ごしていた夕季の事情を知っていたなら、生前から支援をしていたはず。そうだとして、何故頭を下げてまで頼むのか。

「違う。その……亡くなってはいない、はずだ」

「死んでいないのにいないって、どういうことですか?」

「文字通りだ。……消えたんだよ。夕季の前から」

 片言というか、途切れ途切れな道正とでは会話が成り立てない。しかも言葉を濁し始めてまでいる。上林に視線を向けると、仕方ないという顔になって説明を始めた。

「涼夏様の父親は、失踪しています」

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