DAY-01-02

 そこからの会話は無機質的だった。耳に入る母の声を、「マキノユキ」の親族からであろう伝言を、手近にあった紙の余白へ黙々とメモしていった。

 終わり間際、自分の回答に何かを察したのか、尋ねてきた。

「……あんた大丈夫なの?」

「何がよ」

「知り合いが亡くなって心苦しいのは分かるけど……」

「問題ないよ。その人がどんな人だったか思い出そうとしてただけ」

 そう、強めに言い切った。それ以上の詮索はされず、「たまには顔を出しなさいね」と言われて通話を切った。

 無性に喉が熱くなり、冷蔵庫から麦茶をコップ満杯に注ぎ、一気に飲んだ。口を離すと、三分の一程残っている。数秒で飲み切れる量だが、その気分にはなれなかった。

「ふぅ……」

 母は、自分が「マキノユキ」とは単なる知り合い同士だと思っただろう。さっきの通話で半ば有耶無耶にしてしまったが、深く追及はしてこないだろう。

 コロ付きの椅子に深く座り、改まって考えてみる。

 一昨日は二日前を指し、亡くなった、は死亡したことを意味する。

 二日前に死亡した。反芻し続けていると、お腹の辺りに泥水が溜まったような気持ち悪さが襲ってきた。それを吐き出そうとは思わず、何かを腹に収めれば気が紛れるだろうとストックしている調理パンを手に取った。

 けど、それも違うと頭を振って戻す。行き場のない、鬱憤とも、困惑とも、悲観とも取れない感情の処理にどうすればいいのか分からなかった。こんな状態で作業に戻っても、手を動かすこともできないだろう。

 それでも、否応にでも気持ちを切り替えた。母の言葉通りなら、今後は葬儀に出なければならない。勤め先に連絡してあれこれ準備してと、どうにかして手順を頭の中で組んでいった。叔父が亡くなった時に使ったスーツはまだ着れる、靴もある、そういえば香典ってどれくらいだろう……立ち止まってしまえばそのまま丸一日を費やしてしまいそうだと、無理矢理身体を動かす。

 結果的に、その威勢は一時間と持たなかった。日が落ちるまでに最低限の準備は整えたが、それだけに使ったエネルギーは大きかった。補給のためにインスタントで済まそうと思っても動く気にはなれず、外で済まそうかと考えても面倒に思ってしまった。

 母が言っていた名前を、何度も何度も、口パクと一緒に繰り返す。

 マキノユキ……マキノ、ユキ…………牧野、夕季。

 誰にも明かすことはしなかった、唯一の友達であり、支え合った仲であり。

 彼女や恋人とは言い替えることはできない、大切な人の名前だった。

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