カノジョが遺した彼女(仮)
平川コウ(flatriver)
はじまり
DAY-01-01
「あんた、『マキノユキ』って人、知ってる?」
親からの連絡は何年ぶりだろうか。
初めて携帯を手にしたのは高校生になってから。親のアドレスを登録して、放課後にあれこれ買ってきてくれてとメールを貰ったくらいだが、家を出てからはほぼ音信不通になっていた。自分の生活は自分で賄えるようになり、格安の一軒家を賃貸で借りて、半年ほど前からは余裕ができていた。
着信画面に出た相手の名前を見た瞬間、何を今更という面倒さと、おや珍しいという驚きがぐっちゃになった思考の中で通話キーを押していた。
「……」
「ちょっとコウキ、聞こえてるの?」
「……ああ、うん。聞こえるよ」
「あんた一人暮らしになってからグータラしてんじゃないわよね?」
「ちゃんと仕事は持ってるよ。家賃も、光熱費も、毎月払ってる。食事も摂ってる」
「そ、ならいいわ」
度々感じるのは、自分の母は絵に描いたような放任主義ということだ。失敗しても身体や命が無事ならよし、つられて事を始めるもよし、犯罪や法に触れないなら気が済むまでやりなさい。持っているのかは分からないが、『息子像』を言う時は殆どなかった。
ただ……短い挨拶を交わした後に出てきた名前に、返す言葉が浮かばなくなっていた。
それに、今の母の声色は、何処か切羽詰まった感じだ。
「それで、今日は何の電話だよ」
「さっき言ったでしょう?『マキノユキ』って人、知ってるの?」
……ああ、知ってるよ。
そう返さずに、回りくどくしようとしたのか、言葉を濁した。
「多分、……いたかもしれない。学校の時の知り合いかも」
「多分そうよ。家の電話にかかってきて……。あんたの友達なら直にかけるだろうし、相手から急にあんたの名前が出てきた時は驚いたわ。それもあんたより年上の人から出たとなったら嫌でも混乱するわ」
「……愚痴はいいから。それで、その人が何?」
自分の言葉が悪かったのか、会話が止まった。小さく「んー」という声から、母が言い淀んでいる姿が思い浮かんだ。
「その、ね。その『マキノユキ』って人の親族からの電話だったのよ」
「うん」
「一昨日、亡くなったって」
その言葉が届いて、悔やむ気持ちが生まれなかったのは、自分が非情だからだろうか。
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