モブ史上最強は美少女なパートナーに気づかない

@nekomajinn22

0 モブ史上最強

 朝一番に思うことはまず、学校に行きたくない。

 不本意ながら、生まれ持ったモブとしての才能は高校生デビューと同時に開花した。



 中学生の頃は、まだ話し掛けてもらえた方だったと憶えている。

 しかし、高校生になってから突然ーー俺は空気のように扱われることとなった。



 理由が不明であるが故に解決策はなく、結果的に俺はモブの才能を嫌々に受け入れるしかなかった。

 無論ーー今では、モブの自分が本当の姿であるとこれもまた不本意ながら、理解した上で悲しく高校生活を静かに送っている。



 俺の存在を認識しているのは、多分教師くらいのものでクラスメイトは誰一人見えていない。

 それが現実であるから、また質が悪い。

 現実を否定できない、俺の身にもなって欲しい。



 そんな俺でも、恥ずかしながら唯一の友達と呼べる存在がゲーム内には居る。

 ネットゲームで毎晩一緒に行動している性別不明のプレイヤー。



 彼か彼女かーーそんなことは、俺にはどうでも良い。

 話しを聞いてくれるだけで、俺は毎晩心を開放できる。



 ゲーム上ではあるが、聞き上手なパートナーが居る安心感は心強い。

 さて、今日も学校で溜まるであろうありとあらゆる不満を聞いてもらおう。

 そして明日から始まる土日をゲームに費やし、また月曜日からの不満に身構える準備をしよう。



「ーーいってきます」



 俺は誰も居ない静かな家から、重い足を引きずって学校へ向かった。



 ♡



 帰ってきたら、お約束のシャワーと夕食を妹と二人で済ませる。

 妹の作る飯に感想を一々述べることはしないが、店を構えられると毎日思っている。



 妹ーー茅野林檎かやのりんご

 俺とは正反対の人気者で、特に同性である女子から好かれる傾向にあり、告白されることもあると以前聞かされた。



 中学は私立の女子校に通っているーーことはない。

 一般的な県立で、小学校を卒業し道を一本挟んで向かい合う中学校に進学ーーいや、進級している。



 男女共学でありながら、女子にモテるその理由は男よりも物理的に強く、背がある程度高い上に女侍が如く頭の高い位置で髪を一つに結っているためだろう。

 それくらいしか思いつかない。

 家では至って普通の女子なのだからーー



「お兄ちゃん、今日は剣道部の先輩から告白されたあ。珍しく男に」

「それは良かったな。お前の春は、早めに訪れた訳だーーご馳走様」



 手を合わせ、食器を重ねてキッチンへ運ぶ。

 すると、林檎はテーブルに手を付いて立ち上がる。



「それだけ!?」



 それだけと言われても、俺には「ほーん」程度の話で特に深く聞くもない。

 妹の恋に、兄は首を突っ込まない。



「お前のことだ。断ったんだろーーじゃあな」

「え、ええ!? お、お兄ちゃん!? お兄ーー」



 俺は無視を貫いて廊下へ出る。

 林檎は兄に、どんな反応と言葉を期待していたのか……深く聞いてほしかったのか……さあ、謎は深まるばかりだ。



 誰とと付き合おうと、それは林檎の勝手で俺には関係がない。

 そもそも俺の春はいつになったら訪れるのかが気になる。



「ーーさて、やりますか」



 自分の部屋に入った俺は、PCを起動してすぐにゲームを始める。

 時刻も七時を超えているーーもう来ているだろう。



 〈和樹かずきさん、こんばんは〉

 〈こんばんは、ステラさん〉



 俺のプレイヤーネームは和樹。

 本名の茅野和樹から、そのまま持ってきている。



 〈今日は学校どうだった? 私は最後の学校だったから、寂しかった〉

 〈俺は一日退屈でした。最後ってことは、辞めるんですか?〉

 〈辞めるとは違うんだけどーーうーん。月曜から転校することになって隣町の高校へ〉

 〈そうなんですか。大変ですね、ステラさんも〉

 〈おばあちゃんが病気になって、実家のある隣町のアパートへ引っ越すからーーって、私の事情も考えて欲しい(プンプン!)〉



 今日は俺が聞き役に回るべきとここで察する。

 家庭内環境は各家庭それぞれだ。

 うん、聞いてあげようーー俺で不満が解消されるのなら。



 〈それで、突然の転校なんですね。気持ち的には大丈夫ですか?〉

 〈仕方ないって、割り切っているけど……また新しく友達作りから始めるのは、嫌だなって思う〉

 〈友達作りができるだけで良いですよ! 俺なんて、酸素よりも景色に溶けんでるんですよ?〉

 〈それもそれだよね(笑)〉



 笑ってくれるだけ有り難い。

 自分で言いながら、経験してみると全く笑えないので誰かに笑い飛ばしてもらうと精神的に楽になる。



 〈だから、今住んでるアパートに私だけ残っているの。明日には荷物を全て送るの〉

 〈突然の転校って、一番困りますね。でも、転校に試験とかは受ける必要なかったんですか?〉

 〈受けたよ(泣)。ギリギリで受かったのが幸いだった〉

 〈勉強苦手なんですか?〉

 〈親への反抗心で、勉強をしなくなったから……。前のテストなんて、英語十点でお母さんに怒鳴られたくらいに重傷(泣)〉

 〈えー! やばいじゃないですか!〉



 と、しか言えない。

 申し訳ない事実だが、俺の五教科平均点は七十点を超えている。



 英語で十点を取るほうがむしろ難しい。

 それに、中学の頃から赤点は漫画の世界だけと思っていた質。

 何とも言えないパートナーの残念さに、一瞬キーボードから手が離れる。



 〈ーー私って、ちゃんとゲーム上でも女らしい?〉



 突然の質問が画面の下部に表示される。

 語尾や一人称が私のところから、女子と思う。

 しかしネットにはネカマと呼ばれる存在が居る。

 チャットだけで、女子と信じるには足りない。



 〈……見え、ますよ?〉



 あやふやに答えるしか、俺にはできない。



 〈ネカマって疑ってる?〉

 〈疑ってると言うより、チャットだけで信じるのは流石にーー〉



 つい本音を打ち込んでしまう。



 〈私はね、和樹さんがもしかしたら女なのかな? とか、思ってたりする〉

 〈え、何でですか?〉

 〈ーー女々しいから〉



 ズバッと刀で斬られたような痛みを感じる。

 女々しいーーと、言われたのは初めだった。

 確かに、誰にも相手にされないことを毎日不満に思って聞いてもらうしかできない俺は、女々しいのかもしれない。



 〈そう、ですよね〉

 〈冗談だよ(笑)。ごめんね、からかっただけ! 今日はここで落ちるね、今から最後の荷積みがあるから〉

 〈分かりました。ではーーまた月曜日に〉

 〈うん! 月曜日に!〉



 今日はここでパートナーのステラさんとお別れとなった。

 初めた誰かにからかわれた。

 流石モブと自分で思ってしまう辺り、悲しい。



 俺もゲームをやめ、PCの電源を落とす。

 ベッドに寝転がり、天井を見上げながら思う。



「……土日暇になったな」



 月曜日になるまで、俺はどうしたら良いのか。

 暇を持て余したモブが、遊びに行くことはない。

 言うまでもない、友達が居ないから。



「ラノベ読んで過ごすか。どうせ林檎は遊びに行くだろうし……」



 土日の過ごし方を適当に決めたところで、暇潰しに動画を見ながら寝ることにする。

 明日からはなるべく遅めに起きて、早めに寝よう。



 それで暇な時間を少し睡眠に回して、嫌でもやってくる憂鬱な月曜日に備えておこう。

 俺の毎日は、基本楽しくないままーー終わるのである。





 それが『モブ史上最強』である俺の決められた人生だ。

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