第2話

年表


経歴は面倒なので省きます

昭和59年3月高校卒業して、千葉県の大学へ

たった4ヶ月の大学生活

大学に出向いたのは20回もないと思う

父からの説教

親のコネで一部上場の企業に8月から入社

営業職

毎日車を運転できるって言う事だけで軽い気持ちで入社したのを覚えている

仕事は小売店や大型店を回って注文とったり、品出ししたりする業務

4、5年後はお店全体のレイアウト等、アドバイザー的な仕事がメインになっていった

当時の愛車は、スカイラインジャパンを1年乗って、19才辺りからサバンナRX7、MR2、クレスタのパールツートンと3台持ちだった

ちなみに初任給は額面で127000円だった

ガソリン代はカード払いにしていたから、毎月のように残高不足で親にお金を借りまくっていた

返すあてもなく借りていて、いつのまにか親父の耳に入り、いつまでに返すかという誓約書書かされた

どう考えても遊びたいし、車を手放すのは嫌だし、友達に相談したところ、金曜の夜と土曜の夜にバイトを紹介してもらい始めた

友達の紹介でホストクラブみたいなところだった

面白いというか、多分違法なのかは忘れたが、お店はあるんだけど、そこから連れ出されて、都内の新宿やら六本木やら渋谷辺りのディスコとかに行ってお客さんと踊ったり、お客と来ているのに女の子ナンパしたりしていた

確か源氏名は永瀬正敏に似ていたようで、長瀬雅也だった

お客の人達は40代から25才くらいの人だった

結構な人数いた

中にはお小遣いや時計やアクセサリーをくれる人もいた

被った時は選ぶでもなく多人数で1台の車に乗って移動していて、車内がもの凄い雰囲気だった

この時期、年上恐怖症になる

ただいろんな車運転できて嬉しかった

ベントレー、フェラーリ、ポルシェ、数え切れないほどいろんなメーカーを乗れた

お客さんの車だったが

当時はBMWが六本木のカローラって言われていた時

飲酒運転なんて当たり前の時代

この仕事はなんだかんだで22才までやっていた

完璧に金銭感覚が麻痺してきて、やばいと思いやめた

貯金もできた

あと新宿の有名なホストクラブから来ないかとスカウトみたいな事されて、断ったら嫌がらせさせられたのも原因

なぜか本業の方はバカらしくは感じなかった

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