第56話 嘘の証

「これはルドルフによる陰謀だっ! ブルームバーグ家に仕える者たちは、奴を捕らえろっ!!」


 混乱の最中、ダンテの掛け声に背中を押され、ブルームバーグ伯爵家の衛兵たちが動き出す。


 それをルドルフの派閥に属する貴族――に扮していたと思しき兵たちが変装を解いて迎え撃つ。


 そうでない者たちは、悲鳴をあげて逃げ出したり、頭を抱えてその場に伏せたりと、思い思いの方法で身を守ろうと必死だった。


「全員やめろっ! 命令だっ!!」


 フェリドがいくら命じても、一旦火が着いてしまえば怒鳴った程度で治まるはずがない。


 会場のあちらこちらで激しくぶつかる金属音や荒々しい雄たけびがあがった。


「くそっ。…………テレジア候、一旦お逃げください」


 フェリドは最早手が付けられぬと悟り、自身にとって最も頼れる存在を守ろうと動く。


 だが、当のテレジア侯爵は、ただ黙って首を横に振る。


「何故っ」


「……捕縛されるのは私ではない、君たち・・だ」


 その言葉でフェリドは気づく。


 既に、見捨てられてしまったのだと。


 さんざん自身も行ってきた行為が、今度は己に降りかかってきたのだと。


「くそっ」


 騒動を聞きつけやってきたテレジア侯爵の近衛兵が、悪態に反応してフェリドの前に立ちはだかる。


 テレジア侯爵にとって、もはやブルームバーグ伯爵家そのものが害をなす存在と化していた。


「お父さま、早くお逃げをっ。ダンテさまもっ!」


 アンジェリカも身の危険を察したのか、ダンテの腕を取り、引っ張りながらフェリドに向かって警告を発する。


「くっ」


 フェリドは娘の言葉に従うか否か一瞬迷い、申し開きも出来なくなるよりはと、逃走を選んだ。


「失礼いたします。この誤解は必ず」


 テレジア侯爵へと一礼した後、扉へと急ぐ。


 ルドルフに属する者たちは、未だそこまでは迫っていなかった。






 ブルームバーグ伯爵邸の一室に、フェリドを含めた大勢の人間たちが閉じこもっている。


 部屋の中心に大きな机を置き、そこにフェリド自身が報告される情報を書き連ねていく。


 そうやって、どうにかして逃げ道を見つけようと必死になっていたのだが――。


「一階はもう全て制圧されました!」


「階段で食い止めていますがもう……」


「屋根からも侵入されました!」


「連中、何故かこのお屋敷の鍵を持っている様で……!」


 ブルームバーグ伯爵家に仕える衛兵たちが、悲壮な顔で報告をあげていく。


 そのどれもがフェリドの眉間に刻まれたシワを、より深くしていく様な情報でしかなかった。


「おのれ……」


 ブルームバーグの領地にでも引きこもり、皇帝へと申し開きでもできれば、フェリドの立場はだいぶマシなものになるだろう。


 フェリドはそれだけの力を持っている。


 しかし、ルドルフ側の勢いは異常なまでに強く、フェリドたちは押される一方であった。


「この場さえ切り抜けられれば……」


 もう何度目かの呟きをフェリドが発した瞬間――。


「ふ……っ。くくく、はははははっ!」


 笑い声が、響き渡った。




 ■□■□■□




「無駄だ、諦めろ」


 ダンテは、フェリドやアンジェリカ、その他大勢の衛兵たちを見据え、はっきりとそう断言した。


 その理由はダンテが一番理解している。


 何故なら全てをダンテが計画し、ダンテの思い通りにことが進みつつあるからだ。


 もはやフェリドが助かる道も、逃れるすべもない。


 彼を待っているのは大人しく捕まったのちに裁かれて殺されるか、この場で足掻き抜いて殺されるか。


 いずれにせよ、死という結果に帰結するしかなかった。


「……貴様」


 ダンテは皮肉気な笑みをたたえ、フェリドが睨みつけてくるのを無視して話を続ける。


「お前は俺を敵に回した時から終わっていたんだ」


「たかが詐欺師如きがほざくな」


 フェリドの言葉に、またダンテが大声で笑った。


「なんだ、まだ分かってないのか、お前」


「何を言っている!」


 フェリドは険しい表情でダンテを睨みつける。


 本当に、ダンテの言っていることを毛筋ほども理解していないのだろう。


 ダンテは、詐欺師なのだ。


「騙されたんだよ、俺に」


「は?」


 誰が何をどうやって騙したのか。


 フェリドの思考はまったく追いついていかない様で、意味が分からないとばかりに怪訝な表情を浮かべている。


 そんなフェリドに向かってダンテは不敵な笑みを浮かべ、親指で自身の胸元を差す。


「俺が本物のジュナスだよ」


 先ほどとまったく同じ主張。


 そして誰も主張。


 これこそが、嘘。


 否、嘘と思わせた真実。


 アルはジュナスなどではない。


 本物のジュナスはダンテである。


 ダンテは、自分が偽物だという嘘を、全ての者に信じ込ませたのだ。


「何を言って――」


「お前が後生大事に隠してくれていた俺の母親に、嘘をつかせたんだよ」


 真相は驚くほど単純だ。


 フェリドがダンテを拘束して警戒している間に、アルたちがエリザベートと接触し、アルをジュナスだと言うように吹き込んだだけ。


 ダンテが目立って視線を集めている間にアルが動くといういつも通りの手法を、少々アレンジして今回も使っただけなのだ。


「俺はお前だけを騙したんじゃあない」


 騙されまいと身構えている相手を騙すのは難しい。


 しかし、何も身構えていない聴衆ならば簡単だ。


 今のように、嘘を嘘とも思わずすんなり信じてくれる。


 ルドルフが持っていた書類が、実は偽物だなんて思いもしなかっただろう。


「あの場に居た全員を騙したんだ」


 そして、フェリド側が嘘つきとなれば、それに敵対する立場のルドルフは真実を語っていると信じてもらいやすくなる。


 ルドルフこそが正義であるとの思い込みを全員に植え付けることが出来るのだ。


 だからルドルフが強硬策に出ても、フェリドに味方する貴族は居なかった。


「な……っ。だ、だが舞踏会で貴様の母親に証言させるとは限らなかったはずだ。それはどうした。偶然を天に祈ったか!?」


 もちろん、そんなわけはない。


 そちらもきちんと仕掛けてある。


「お前は誰からその方法をしろと提案された?」


「…………っ」


 覚えがあったのか、フェリドが思わず息を呑む。


 ダンテは継承権をより高くで売りつける手法を取っていた。


 ルドルフには兵を動かせと言い、テレジア侯爵にはエリザベートを証人にする様進言しろと交渉し、ふたりの貴族から対価を二重取りしたのだ。


「お前は既に売られたんだよ。もうお前を庇う奴は誰もいない」


 フェリドは、テレジア侯爵という権力が背後にあったから今まで好き勝手やることが出来た。


 しかし、その力から見捨てられれば何もできない。


「わ、私の為したことは陛下も知っておられる! 何故私がこんな凶行に及んだかを暴露すると言えば――」


「それが許されると思うか?」


 フェリドをよほど庇いたければ別だが、今見捨てれば簡単に口封じすることが出来る。


 それに、もしなにか助けたくなる理由が存在したとしても――偶然ではあるが――断ち切れている。


 ジュナスとブルームバーグ伯爵家の一人娘が婚約関係になったと発表されれば、二心ふたごころを抱いているのではないかと疑うのが自然だ。


 フェリドが裏切っているとジュナス本人から囁かれればなおのこと見捨てる決断をしてくれるだろう。


「お前は、終わったんだ」


 ダンテは他にも様々な仕掛けを施している。


 ブルームバーグ邸の間取りを調べてルドルフに流したり、エリザベートを突き落とす場所にテーブルクロスとモーリスの部下を配置させたり、それらの情報を、ベアトリーチェに嫌がらせをしていた二人を使って運ばせたり……。


 想定されうるすべての状況に合わせた策を練り、フェリドを必殺の罠で囲い込んでいた。


「終わったんだよ、全て」


 ダンテの静かな声が、フェリドの胸に沁みこんでいく。


「おわ……り……?」


 フェリドがそれまでとはまったく違う声色で、ぽつりと呟いた。


 それで、この場に居る誰もが理解する。


 本当に終わったのだと。


 今後、フェリドに付き従えば、逆賊として処断されてしまい確実に命はないだろう。


 それどころか一族郎党皆殺しの可能性すらあった。


「…………」


 兵たちの心がフェリドから離れていき、ひとり、またひとりと持っていた剣を投げ捨てていく。


 勝敗は決した――かに思われた。


 それまで脱力していたフェリドの手が床を彷徨い、落ちていた短剣を拾い上げる。


 そして――。


「黙れっ!!」


 叫びながら立ち上がると、短剣を構え、対峙していたダンテ目掛けて襲い掛かった。


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