2.特殊作戦部隊、動く

 禁忌対策本部対非きんきたいさくほんぶたいひヒト型特殊作戦部隊がたとくしゅぶたいの乗り込んだ陸砂両用車りくさりょうようしゃ、遠距離射撃砲が搭載された有人駆動兵器 脳機のうき の列は現地にて禁忌によるものと思われる攻撃を受けた本部専属の禁忌狩りであるユダ(本名不詳)による報告により、禁忌対策本部基地より北東二百キロの位置に屹立する巨大建造物へとひたすら前進していた。


 複数ある陸砂両用車のうちの一つには、今回の作戦において指揮権を有する東地とうち禁忌戦闘指揮官が乗り込んでいた。


 彼は席に着いたまま目的地の位置を地図を広げて睨んでいた。


 誰もが話しかけがたい雰囲気の中、彼の隣に腰を下ろしたのは本作戦における禁忌についての簡略的な情報要請を頼んでいた作戦指揮補佐の井畑薫であった。


「指揮官。ユダによる報告では宇連田うれたのこの位置には巨大な埴輪がある、というものでした」


 井畑は東地が膝の上に広げていた地図のバツ印の点を指さす。


「ですが周辺住民の話、また以前この場を調査に来た対策本部の人間による報告書……それらを統合してもこの位置にあるのは『塔』のはずなのです。周辺に無数の花が咲き誇っていることから付けられたその塔の名は『花囲いの塔』」


「だがそれでは報告と話が食い違ってしまう。幻覚を見せる系統の禁忌か……?」


 東地は井畑にそう尋ねる。


 井畑は頷きはしたが、唇は納得しかねるように歪んでいた。


 そしてそのまま口は開く。


 彼の瞳は東地ではなく、地図ばかりに注がれていた。


「勿論その可能性も捨てきれません。ですが一方で埴輪といいますとこのような話があるのです」


 井畑はそう告げると懐にたずさえていた書類のうちの一枚を東地に渡す。


 そこには、コピー特有のかすれたインクでのっぽに目と口が空洞で表現され、鼻はでっぱりにより表現された平々凡々な埴輪が二十体ほど土の壁から突き出した写真、そして取り出された埴輪のうち一体の底が写された写真が載せられていた。


「これらは宇連田の『花囲いの塔』から7キロと離れていないところにあります遺跡内部の写真とそこから発見された埴輪の写真でございます。この写真に写っているほかにこの遺跡内部からは無数の埴輪が発見されました。三百体は軽く超えるでしょう。そして、ここです。ここを見てください」


 井畑の指は、埴輪の底が写された写真を突く。


 東地は目を凝らしてその写真を見れば、どうにか文字のようなものが刻まれていることに気づいた。


「これは……?」


「妖術士の使用する特有の言語に近しいものです。先ほど稜宮りょうぐう(妖術の盛んな都)の妖術庁の方に問い合わせて確認を行ったところ確かに似ている、と」


「解読のほうは」


「多少の違いがありまして未だ解読できていないところもありますが、簡略的に解読済みの部分を読み取ると……」


「なんだね」


「ファーレ・ガーザニウォンテ・シャンブラ クラゥ・カンザムァ,シェス・テゥ……《悪魔よ踊れ 我々を縛り付ける世界を封じる為に》」


「……なるほど。まじないか」


 東地は低くうなった。


 周辺住民が禁忌の被害を抑えるために禁忌狩りでなくこのようなまじないに頼る、というのはよくある話である。


 東地もこの仕事に就いて幾度となくそのパターンは経験してきていた。


 井畑も勿論このケースは初めてではなかった。


 だからこそ、これらがそう簡単に決着のつくタイプの敵ではないということも悟っていた。


「はい。これらは埋められた位置からしても『花囲いの塔』と無関係とは思えません。このガーザニウォンテ……というのが悪魔を指し示す語なのですが、これには他の訳し方もあるのです。特定の地でしか使われていないので普通はそれを指し示すことはないと妖術庁の人間は言っていたのですが……その訳と言いますのが……『埴輪』というのです」


「埴輪よ踊れ……ねぇ。その特定の地というのがこの宇連田の周辺か」


 再び地図を膝にのせてじっと見つめる。


「その通りです」


「それで。この話が幻覚を見せる禁忌かもしれないという話とどう関係があるのだ。ここまではあくまで導入なのだろう」


「……はい。これを踏まえて宇連田に伝わる民話を聞いていただきたいのです。風来坊の悪魔退治……というお話でまぁありがちな勧善懲悪かんぜんちょうあくものなのですが。この悪魔は、まず山で女性のふりをして男を誘い殺害、今度はリスに化け人里に出て近寄ってきた子供たちを殺害。この悪魔は人を殺さねば生きていけない……という風に伝えられているのです」


「つまり……」


「幻覚ではなく……敵は化けるのではないでしょうか」


 井畑はそう言ったっきり、東地の言葉を待つばかりで黙り込んだままだった。


 姿を変えるかもしれないということが分かったからと言って、現状敵についてはほとんどわからずじまいである。


 東地は額に手をやり頭を押さえる。


 ちらりと井畑のほうを向く。


 彼の額には汗が浮かび、そして流れ落ちていこうとしていた。


「東地指揮官殿、井畑指揮補佐殿、塔より4キロほど離れましたところに作戦指揮用の天幕を組み立てます。お二人とも『花囲いの塔』の実物の確認とユダに直接お会いするのは如何でしょうか」


 陸砂両用車の後方扉を開け、隊員の一人が二人に呼びかける。


 二人は顔を見合わせて頷くとそろって下車する。


 踏みしめる地面には雑草が生えていた。


 風は、普段本部で感じる煉瓦独特のものと違い、さわやかに感じる。


 そのさわやかさの中に東地は恐ろしい死の予感のようなものを感じた。


 何処からか。


 それは彼らから4キロも先にあるはずなのにそう思わせないような禍々まがまがしいオーラを放つ赤茶色の巨大な埴輪だった。


 双眼鏡を使わなくともそれが規格外の大きさであることは明らかだった。


「確かにあれはどこからどう見ても塔には見えないな」


 東地はそうつぶやき、隊員から双眼鏡を受け取り覗き込む。蠢く気配もない、ただ佇むばかりの埴輪がそこにはあった……。


 天幕を組み立てる隊員が行きかう中、東地と井畑は脳機、太陽光線銃などの武装の確認を行っていた。


 作戦に大きく影響するそれらの要素ではあるが、本来東地自身が確認する必要はないのである。


 確認をした兵器運用担当の人間から報告を受けるだけでよいのだが、それは東地のしょうに会わなかった。


 彼が脳機の脚部を確認している最中。


 後方より聞きなれない女性の声がした。


 立ち上がり振り向けば、そこには軍帽に軍服……という彼の知っている女性像とはかけ離れた衣服に身を包んだ女が立っていた。


 その横には木箱を担いだガタイのいい、眼鏡をかけた男が一人。


「東地禁忌戦闘指揮官だな。久しぶりだ。覚えているだろう?ユダだ」


 女は早口にそういった。


「横の男は、サイコウルフ…………私の相棒あいぼうで、今回の禁忌において直接禁忌による被害を受けている。何かの参考にはなるのではと思いここへ来た」


「ユダ……か。元気そうでなりよりだ。早川博士は見つかったか」


 ぴりっと……その瞬間ユダが悪魔にでもなったかのように二人の間に流れる空気は張り詰めた。


 ユダの細く切れ長で睨む瞳は、東地をまるで鋭利なナイフで切り裂くかのようであった。


 東地は視線を少し下ろして申し訳なさそうにユダを見て、視線をサイコウルフに向けた。


「聞かせてもらえませんか。あの埴輪からどのような被害を受けのかを」


「夢です。奴は人の夢に介入します」


 天幕の中に資料を抱えた井端指揮補佐と東地指揮が入ってくる。


 その後ろには、ユダとウルフが続いていた。

 

 天幕中央に簡易的な組み立て型のテーブルが置かれ、その上には地図が広げられていた。


 加えて青いピンがひとつ、花囲いの塔の地点に。赤いピンが十ほど塔の南西に並べられていた。


 東地はテーブルのそばに立つと赤いピンをひとつ摘んだ。


「諸君、これこそが我々の兵器である脳機を表す。本作戦はまず敵にどの攻撃が通用するかを見極めるところから始まる。その見極めは長期に及ぶかもしれない。だが我々は必ずあの禁忌が近隣に被害を与えないようにするという義務がある」


 赤いピンを地図に戻し、ユダを見る。


 ユダは錫杖を片手に当地の姿を黙って見つめていた。


「ユダ。影抜きは使えたな」


「あぁ。使える」


「ならばその派生も使えるな」


「勿論だ」


 ユダは軽く笑う。


 双方また表情を緩ませた。


「通信官、本部に備品の援助を頼んでくれ。捕縛用 エッグ を十個と身代守みのしろまもりを同数」


 通信官は東地に敬礼しながら


「了解いたしました。機体の乾電池のほうはいかがいたしますか。長期戦になるのではありませんか」


「なるだろう。だがこちらにはまだ太陽光線銃もある上、脳機も長時間使うつもりはない。よって乾電池に関してはよかろう。ただ……念のために航空部隊の方に出撃準備のほうを。我々からの交信が五分間途絶えたならば上空より花囲いの塔……もしくは巨大な埴輪を撃てと」


 この言葉を聞くなり通信官は「はっ」と了解の意を示し頭を下げ天幕を後にする。


 真横を通り過ぎていく彼を横目に追いながらサイコウルフは小声でユダに話しかけた。


「なぁ……捕縛用 卵 ってことは影縫いを使うのか」


 じろりと。


 ユダはウルフを睨みつける。


 そこには当たり前だろうという呆れが含まれていた。ため息をついてまた睨みつける。


 『それがどうしたのか』と瞳が言っているように思えた。


「いや、大丈夫かと思ってな」


「私は夕能だ。死んでも生き返る」


「だが……痛くねぇわけじゃあねぇだろう?」


 ウルフにしては弱弱しい言葉だった。


 睨みつけていたユダも、普段は見せないウルフのその姿に少し笑ってしまう。


 今度はウルフが深い層に眉をひそめる。


「なんだよ」


「いや。君がそんな心配をしてくれるのだなと思ってな」


「あんたは俺を何だと思ってんだ。何度も一緒に仕事をした仲だぜ。心配くらいするさ」


「いや……」


 ユダの顔から笑みがすこし消え、ウルフの目には彼女が一瞬いつもの不敵な仕事人からただの少女のようにみえた。


 だがそれは一瞬。


 ユダはいつも通りの静かな笑みを浮かべていた。


「ありがとう、相棒パートナー


 ウルフには、すこしだけその笑みがいつもより柔らかく見えた。


「心配するな。今回は死ぬつもりはない」


「そいつはありがてぇが……どういうことだ?」


「私は君が思う以上に特別だ、ということだ。黄念蟲おうねんちゅうなんかに頼る必要がないほどにね」


 黄念蟲……それは人の魔力を増幅させるものだ。


 普通ならばそれがなければ魔力などなく、術など使えないはずだというのに……。


 ウルフが疑問に思っても、それ以上問うことはできなかった。


 天幕内での作戦会議中にしゃべりすぎたことから注意するかの如く睨む東地の視線が痛かった。


 ユダを見れば、まるで自分は最初から喋っていなかったかのようなすまし顔だ。


 サイコウルフは小さく舌打ちをした。


 同日 二十一時三十分。


 備品の配置、点検を終え特殊作戦部隊とユダ、サイコウルフらは作戦を開始した。

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