第20話ーーおっさん引きこもる

 ソファーの上で、膝を抱え丸い贅肉の塊となるおっさん。その首にぶら下がるように抱きしめるアル、2人を見守るように傍にそっと立ち続けるローガスと、騒ぎに気付いて訪れたウルフが足元に座る。


 そんな4人の静かな悲しみの時を破ったのは、ガインとミルカ夫妻だった。

 まだ昼を少しまわったばかり……料理屋としては1番の稼ぎ時だというのに、2人は帰宅したらしい。

 隣の自宅ではなく、おっさんの家に訪れたのには訳があった。

 2人も客席で流しっぱなしにしてあるテレビで、おっさんの身に起きた事態を知り、すぐさま店内の客を追い出し店を閉めて駆けつけたのだ。


 そしてリビングにて4人の状況を確認すると、床に座りぽつりぽつりと語りだした。


「私たちの居た世界でも同じでした、国が貴族が探索者たちが、自分たちの利益だけのために民を虐げる。利益の前ならば、己がどれほど間違っていようとも声高らかに他人を批判し、扇動し、正しき者を追い詰め亡き者にしようとする……」

「アルから聞いているかもしれませんが……私たちの最初の子供は流行病によって命を落としました。すぐそこのダンジョン内に自生している薬草を摘む事さえ出来れば、簡単に治るものだったんですよ。それを……それを……流行る兆しを感じた貴族や商人が探索者と組んで、封鎖して高値で取り扱えるようになるまで待っていたんですよ。異を唱える者たち……武を持つ正しき者は一様に嵌められたり、貶められ……命を落としたり、他国へと逃げざるを得ない状況にされた。そして私たちの子は、私たちの子だけじゃない!目先の利益のために数百の命が失われたんです。そして私たちは失意の元に旅に出たんです。そして行き着いたのはダンジョン内の街でした、そしてこの子と出会ったんです。まぁ最初は生意気だし、遠慮のない大食らいだわでと、とんでもない案内人を頼んじまったと後悔したんですがね……まぁそんな姿がちょくちょく死んだ子と重なりましてね。初めは重ね合わせていたんですが……一緒に暮らすようになって、死んだ子ではなく本当の娘として愛していたんです。ダンジョンの街は、まぁ探索者ばかりなんで荒くれ者が多かったですが、国も違いましたし貴族や商人の意向が届きにくい場所でもあったので楽しかったんですよ、家族3人このまま生きていくんだ……なんて思ってましたよ。それなのに、突然わけも分からぬまに大事な娘を失う事になった……今度はどうやら神の仕業だ。だからって許せる訳では無い、神を呪いましたよ。そしてあの日、仕事をさせた自分たちを呪いました。もしかしたら、もしかしたらどこか他の所へ飛ばされたのかもしれないと、一縷の望みを掛けて2人旅に出始めた時に、大磯様にこちらの世界へと呼んで頂いたんです。もう叶わないと思っていた、最愛の娘ともう一度会う事が出来たんです、そしてまた一緒に楽しく暮らすことも出来ました」


 ガインとミルカは、膝の上で拳を握り締めながら俯いてここまで話すと、何かを決意した目をしておっさんを見た。


「大磯様のおかげで叶わぬと思った願いが叶ったのです、もう私たちは何も望みません。だから……だからもし大磯様がこの世界を滅ぼすと言うのなら、喜んでその意志を受け入れます。私たちはなんの力にもならないかもしれませんが、それでもっ!それでも大磯様を支持致しますので、思うようになさってください」


 2人の言葉におっさんは、未だ虚ろではあるが、その目をしっかりと見た。


「ありがとう……でも、滅ぼさないよ?2人までローガスみたいな事を言わないでよ」


 ぎこちなくだが笑ってみせるおっさん。


「保様はお優しすぎるのです。身の程を弁えぬ有象無象の者たちなど、その身に自らの愚かさを知らしめてやれば良いのです」


 いつも通り過激なローガスだが、ガインとミルカ夫妻、そしてアルやウルフまでも、思うところがあるのか大きく頷いていた。


「テレビなどの様子では、また当分世間はうるさく騒ぎ立てる事でしょう。もし良ければ皆さんで21階層の街で当分暮らしませんか?店から生鮮食品や調味料、道具など全て持ってまいりましたので、数ヶ月は大丈夫なはずです」

「それも楽しそうだけど……お店は大丈夫なの?」

「最近ずっと働き詰めでしたからな、ちょっとした長期休暇ですよ……実はもう貼り紙もして参りました」

「じゃあ、アルの実家にお邪魔しようかな」


 おっさんは家にいたくなかったので、ガインの言葉は渡りに舟だった。最近やっと落ち着いてきたというのにまた、家に居れば昼夜問わずと訪問者が現れ、平穏な日々は送れそうにないのは明白なのだから。


「じゃあ、着替えとか用意するにゃ」


 アルの号令と共に誰もがぎこちない、無理矢理作った笑みを浮かべながら各部屋へと戻り荷物を纏める。


 一番最初に用意が終わったのはおっさんだ。――基本的に生活用品の全てはアイテムボックスに突っ込んであるので、改めて用意するほどでもなかっただけなのだが。


 そしてローガス、アル、ウルフ、夫妻と揃ったところで21階層へと転移する事となるのだが……


「申し訳ございません、買い忘れていたものがございましたので皆様先に行っておいて下さいませ」


 と、ローガスだけが後追いする事となった。


 ローガスは5人が転移するのを見届けると、新木の部屋へと向かう。

 リビングのテーブルの上に書置きでもしておく事も考えたが、状況説明をしっかりとしておかないと、いたずらにおっさんを傷付ける可能性があると考え状況説明をする事にしたのだ。


 そしてしっかりと説明し、言い含めた後の2時間後皆の元へと転移した。

 ルルアーシュへ居場所の書置きを残して……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る