第18話ーーおっさんは強くなる

「ねぇアルちゃん相談があるんだけど」

「にゃ?にゃんにゃ?」


 ある日の昼食後、おっさん宅リビングで新木がアルにそんな事を話しかけた。


「うん、大磯さんここ最近なんかおかしいんだけど理由わかる?」

「にゃ?」

「ここ最近っていうか3日ほど、具体的にはアルちゃんと2人でドラゴン狩りに出掛けてからなんだけど」

「にゃっ?にゃんのことかわからにゃいにゃ」


 ソファーの対面に座っていたはずの新木が、いつの間にかアルの隣へと移動し、わからないと言いながら立ち上がろうとするアルの肩をぐっと押さえている。


「そういえばあの日も、2人してニヤニヤしていたし、夕食の時間なのに突然散歩とか言ってたよね?」

「……」


 新木は鋭かった……いや、おっさんとアルの態度があまりにもわかり易すぎるのかもしれない。

 これまでは朝なりその前の晩なりに、一日の予定などを話していたのが、この3日は突然言葉を濁すだけではなく、コソコソと2人で顔を寄せ合い話し合いニヤついたりしているのだ……怪しすぎる、誰でも疑って当然だろう。


「アルちゃん、何か知っているよね?」

「にゃ、にゃんの事かわからないにゃよ」

「ア・ル・ち・ゃ・ん?」

「ひっ」


 肩をぎりぎりと掴まれ、顔こそわらっているが目の奥に暗い炎をアルは見てしまい、思わず悲鳴をあげた。

 そして……


「ハーレムを目指すって言ってたにゃ」

「ハーレム!?」

「そ、そうにゃ……アルは止めたにゃ、ヒロコを大事にするように言ったにゃ、無実にゃっ!」


 サクッとおっさんを売った。自分が唆したくせに、まるで新木の敵ではないと言うように両手を上げ首を細かく横に振り続ける。


「へーハーレムね……へー」

「ひっ……」

「じゃあなんで3日も黙っていたのかなー?それどころか2人でコソコソとニヤついて話していたよね?」

「あっあれは……保を油断させて情報を引き出していたにゃ!」


 新木は甘くなかったようだ。まぁあんなアルの言い訳に騙されるのはおっさんくらいなものだろう。


「スパイだったと?」

「そうに……そうですにゃ、アルはヒロコ様の親友ですにゃっ」


 新木を付けしだしたアル。よほど怖いようだ……事実現在アルはカタカタと震えていた。


「へーそうだったんだ?じゃあ何人くらい集まったのか知っているよね?」

「はい、まだ0人ですにゃ!ヒロコ様の魅力を知るゆえになかなかいい相手が見つからにゃいのだと思いますにゃ」


 ソファーの上に立ち、新木へと敬礼をしたり揉み手をしたりしながら、アル全力のよいしょである。


「0人なの……そ、そうかな?」

「えぇえぇ、以前居た世界でもヒロコ様ほど魅力的な女性はおりませんでしたにゃ」

「またまた〜上手いこと言って〜」

「本当ですにゃっ!保と最高にお似合いですにゃっ!」

「お似合い?」

「最高のカップルですにゃっ!」

「えへへへへっ」


 何とか誤魔化せたようだとアルはほっと息を吐いていた……誰にも聞こえないような小声で「チョロくて助かったにゃ、そういうところがそっくりでお似合いにゃ」と呟いていた。


 その2人の一部始終を見ていたローガス。リビングの片隅からそっとその様子を観察していた……そして「合コンを開催しますか」などとニヤついて居た。


 ――3人は未だ認識が伴っていない。この地球世界においておっさんのビジュアルが、万人受けするものではないということを……。いや、新木の存在が証明するように極一部の層に需要もあるし、おっさんの優しさや思いやりといった素敵な部分もあるのだが……夜の大半が外見から全てを判断するということを。



 その頃件のおっさんはというと、遥か遠い北の大地……北海道まで行っていた。以前アルとローガスの3人で観光旅行した時に目星を付けておいた、人に見つからない雑木林の中まで転移で跳んで、そこから全力疾走してダンジョンまで辿り着いていた……夢のハーレムの為に必死である。

 どうして北海道まで行ったのか?それはアルに「県に一人づつ全国から集めればいいにゃ」なんて唆されたから。


 この2日間はスキル全開で、ひっそりとダンジョン近くから入場探索者を物色していたおっさん。見つかると大騒ぎになる事は想像に難くないので、あくまでもひっそりと物陰に隠れて熱い目で見つめていた――その姿は、まるで駅のホームでターゲットを物色する痴漢のようである……つまり怪しかった。誰にも気付かれていない事だけが救いだろう……もし見つかっていたら、違う意味で大騒ぎになっていた事は間違いない。


 ターゲットを見つけたはいいが、当然自ら声を掛ける事など出来るはずもないのがおっさんである。

 物陰から女性だけを見つめ、1人ニヤつき声を押し殺して喜びモジモジするおっさん……本当に人に見つからなかったのが救いだ。これが地球地上世界担当の半神などと思いたくもないが、悲しくも現実である――もし人類がこの事を知ったら……戦争を、暴力を反対し神に祈る宗教関係者は自らの命を絶つか、全力で殴りつけるだろう。


 声を掛けることは出来ないが、妄想豊かにハーレム構想は描き続けているおっさん。そこでアルに相談したところ、「堂々とダンジョン前に立って入れば、その魅力に惹かれて女の子から声を掛けて来るにゃ」などという妄言を作戦として授けられた。


 そんなわけで本日、無駄に堂々とダンジョン前に仁王立ちしていた……ニヤケ顔で。

 そして声は掛けられる……


「どけよ」「邪魔な所に立つなよ」「デブ邪魔」「ぼっち中年は家に帰れ」


 である。

 いつものおっさんなら、ここで心折れて家に直帰していたであろう。だが本日のおっさんは違う、全く気にせず立っていた。なぜならその声の主が全て男だったからだ――色欲はヘタレおっさんでさえも強くする。


 当初は邪魔者扱いされていたおっさんだったが、時が経てばその存在が誰であるか気付く者が当然出てくる。なんせダンジョン関係では、おっさんは世の中で1番有名なのだ……色んな意味で。

 次第におっさんを中心とした探索者の輪が出来始め、ひそひそといる意味を口にする……そして何重もの輪が出来た頃、おっさんの正面に立って声を掛ける者が現れた。


「大磯さん……ですよね?ダンジョン踏破した」

「あっ、うん」


 それが女性ではなかった事を残念に思いながらも返答するおっさん。


「ここにいるって事はダンジョン踏破しに来たんです?」

「まぁそうかな」

「……そうですか」


 喜んでくれると思っていた、以前あれほど日本中からダンジョン踏破を望まれたのだ。だが予想に反して、目の前の男は明らかに嫌そうな表情を浮かべていた。そして周りから聞こえてくる「ふざけんなよ」「マジかよ」「小遣い稼ぎが」「生活どうしてくれんだよ」といった文句。


 本業、副業として探索を行う者からしたら、その収入源を断ちに来たとしか思えないのだ。喜ぶのは近隣に家を持ち住み、ダンジョン関連の仕事をしていない者だけというのが現実だった。おっさんたちは気付いていなかったが、まるで現代におけるゴールドラッシュ的存在のダンジョン、それが現在における価値となりつつある。


「えっ?」


 戸惑いを隠せないおっさん、追い討ちをかけるように探索者たちの声は大きくなる。


「「「「「帰れよ」」」」」


 帰れコールだ。

 思わず自宅に転移する事を考えるおっさんだったが、何とか踏みとどまった。転移がバレる事を懸念したわけではない、逃げるようでカッコ悪い……そしてそれはまだ見ぬハーレム要員ゲットへの道のりが厳しくなるである――この期に及んでも未だ心折れずにハーレムを目指すおっさん……以前より精神的に強くなったのかもしれない。全く褒められない事を原因としてというのが、悲しい事なのだが、それがおっさんでもある。


 そしてとった行動は……人波を掻き分けダンジョンへと無理矢理進入し、たった1時間で70階層を踏破し、鉱石ダンジョンへと変化させた。

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