第14話ーーおっさん階段は上れない
誰ともなくリビングへと移動し、ルルアーシュが淹れたお茶を飲みつつ、おっさんが神に呼ばれてからの事を話し聞かせる。
今回急いで100階層ボスを倒しに行った理由である、ヴァンパイアヒップホッパーの件や、肉の話だ。
この間、ルルアーシュ以外の面々は何か違和感を覚えていたが、それが何かがわからず密かに首を傾げていた。
ガチャリ
この部屋に集う全員が持つ合鍵を使って新木が入って来たのは、説明が全て終わった後だった。
「「「「あっ」」」」
「えっ?」
ようやく違和感に気付いた4名……そう、新木がいなかったのだ――ここ最近一緒に過ごすのは男性2名女性1名ケット・シー1名猫1匹だった。それが現在、猫がケット・シーに変わり、ケット・シーに翼が生えただけで、他に変わりがないよう思えて、うっかりしていたらしい……それほどまでにルルアーシュが馴染んでいるともいえるだろう。
「えっと……どなたです?」
「これから一緒に過ごす事となったルルアーシュさんだよ」
「えっ?……よろしくお願い致します」
「大磯様、どうぞルルとお呼び下さいませ」
「えっ……あぁっとルル、こちらは恋人の新木さんだからよろしくね」
「この下等生物が大磯様の恋人と?」
おっさんは進化に伴って進歩したようだ。どもらずに新木を恋人と言い切った……相変わらず顔は真っ赤だが――ついさっきまで、その恋人がそこに居ない事に気付けなかったくせに、よく言ったものである。
だが何やらルルアーシュさん、お気に召さないようである。そして面と向かって下等生物と貶された新木も、ライバルの出現かと眦を上げ仁王立ちでルルアーシュを睨みつける。
3人の様子を菓子を食べながら「修羅場にゃ」とニマニマとしながら見つめるアルと、素知らぬ顔でお茶を啜るローガス。おっさんとウルフ2人はオロオロしていた……いや、おっさんはモテ男気分でちょっとニヤついている。
「大磯さん!どういう事ですか?」
「様をつけろっ、下等生物がっ!」
迫る新木と、吼えるルルアーシュ。挟まれたおっさんは明らかに動揺し始めた。
「と、とりあえず座って?」
「下等生物は床にだ」
「はぁっ?」
「ヒッ」
蔑んだ目で新木を見つめ、吐き捨てるように顎で床を指し示すルルアーシュ。対抗するように眉と唇を歪める新木……きっと漫画なら2人の間に火花が散って見えるだろう。
女性の本性を目にしてしまった気がして、おっさんは思わず小さく悲鳴をあげた。
「ルルもヒロコも落ち着くにゃ、とりあえずお茶でも飲みながら保の話を聞くにゃ……椅子が足りにゃいにゃね。ウルフはたも……ローガスの膝の上に乗るにゃ」
険悪な雰囲気になったのを止めに入ったのはアル。修羅場といって楽しんでいる状況ではないと、察したようである。
出来る執事ローガスは、女性同士の諍いには素知らぬ顔でスルーを決め込むようだ。
椅子が足りない事から、ウルフをおっさんの膝の上と言いかけたが、この状況の主原因であるくせに一瞬顔が緩んだのを見て、ローガスへと対象を変えたようだ……決して「この組み合わせもありにゃ」という呟きが本音ではないだろう……多分。
「保、もう一度最初から話すにゃ」
「あっ、うん」
新木が来る前に話した内容を、もう一度語ったおっさん。
話し終わったのは数十分後である……もちろん純潔云々は黙っていた。
「アルちゃんもローガスさんも眷属なんですか?」
「そのようでございます」
「そうみたいにゃ」
「大磯さん、私も眷属にして下さい」
「えっと、眷属にしたんじゃなくてテイムが変化しただけだから」
「じゃあテイムして下さい」
「えっと……」
眷属化にテイムは変化している事もだが、そもそもテイムは人間だろうがモンスターだろうが関係なく行えるのだが、昔から親しんできた創作物からの思い込みでモンスターしか出来ないと思っているおっさんは、助けを求めるようにルルアーシュに目で助けを求めた。
「大磯様は半神ゆえに、テイムスキルは失っており、なおかつ新たに同様のスキルを得る事はありません。また眷属化にはそこの下等生物では格が足りぬので不可能です」
「格?」
「ええ大磯様の眷属に成りうるのは、人間種の場合、もう一段階進化している者だけでございます」
おっさんはハイ・ヒューマンから二階級特進で半神となった事から、間にもう1つあり、それが天使相当なのだろう。
だがアルとローガスは今回初進化な事に気が付いたおっさんは疑問の声をあげた。
「あれ?アルとローガスって初進化じゃない?」
「恐れながら、種によって進化の回数が違うとしか言えません」
「そうなの?」
「はい、それぞれの進化条件や回数などは神の御心次第とも言われておりますが、確かな事は私には……」
ルルアーシュにも分からないようだ。とにかくわかったのは、現状では新木もウルフも眷属になるのは無理だという事だけである。
「お話中申し訳ございませんが、私も少々質問がございますのですが、よろしいでしょうか?」
「んっ?なに?」
ここまで石のように黙っていたローガスが口を開いた。
「ルルアーシュ様とアル様、私は同格と申されました」
「はい」
「ルルアーシュ様は永遠に保様のお側に仕えると仰られておりましたが……もしや私たちも寿命というものから解き放たれたという事でしょうか?」
「「「「えっ?(にゃっ?)」」」」
「ええ、お二人共老化で死する事はありません。死を迎えるのは、肉体の大きな損傷、または神か大磯様の命令のみとなります」
「かしこまりました、保様のお言葉があるまで仕えさせていただきます」
「永遠の若さを手に入れたにゃー!」
「直ぐにレベル上げてきますっ!」
おっさんの命令で死を迎える……その言葉に反応したのはローガスだけだった。
アルはやはり女性だったようだ、「永遠の若さ」と喜んだ。そして新木は進化時の肉体が固定される事に気が付き、焦りまくっていた。
自分と同じ時を生きてくれようと、レベルを上げて進化しようとする新木に、喜びを感じるおっさん……だがまたしてもある事に気がついてしまった。本日のおっさんは無駄に冴えている模様……珍しく、無駄に。
神の資格を得るには、純潔である事が必要だという事を。それはつまり……いつかと夢見る初体験は、また遠のいた事を。
ここでふと傍にいる、全てを差し出すと言ったルルアーシュの事も頭を過ぎったが、既に結婚の挨拶をしてしまったおっさん。もし浮気がバレたなら、慰謝料とか裁判という言葉が瞬く間に浮かび上がり震え上がった。
おっさんが大人の階段を登ることは、まだまだないようである。
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