第20話――おっさん立ち直る

 部屋に転移してきたおっさん、直ぐにローガスを取り出した。


「無事踏破できましたかな?」

「いや……」

「ふむ、もしやクリスタルをお持ち帰りになろうとされたので御座いましょうか?」

「うん……いや、そんな事よりさ」


 おっさんの顔が真っ青な事に気が付いてはいたが、それがてっきりダンジョン踏破に失敗した事だと思っていたローガスは顔を顰めた。


「どうなされました?」

「あのさ……俺……もしかしてGODのをこ……こ……殺した?」

「GOD?……あぁあの有象無象の者達が傲り名乗っておりましたな。えぇ、間違いなく」


 怯えた表情で恐る恐る殺人を犯した事の確認をとるおっさん。と限定したのは、「大人になった」という言葉を、性的な意味に捉えていたからである。つまり男性を殺し、女性を無理矢理……と。降り積もった記憶の欠片が織り成す一連の出来事が事実だったのかと、ローガスの返事に膝を落とし震える手で顔を覆った。


「あ……ああっ……お、おん、女の子を無理矢理に?」

「んっ?男女関係なく、皆平等に塵へと変えられておりましたぞ」

「えっ……あっそう……あぁ……でも……」


 強姦をした事の確認をとったが、それを否定され少々の安心感を覚えたおっさんだったが、20名程の人間を全員殺害した事を思い出し、顔を更に青くした。


「さ、殺人だよね……」

「ふむ、人を殺した事をそう言うならばそうで御座いましょう」

「け……警察に行った方がいいのかな……」


 大きな身体を小さくするように身を縮こめながら窺うように尋ねるおっさん……かなり怯えている。


「この世界の法では、人が人を傷つけたり殺害するのが罪と認識しておりますが、よろしいでしょうか?」

「そ、そうだけど」

「ふむ、そうなりますと保様は警察に赴く必要はございませんな」

「えっ?人殺したんだよ?」

「ええ、ですが問題になるのは人が人を殺した場合、それはよろしいですね?」

「う、うん……」

「保様は既に人間では御座いませんので、それには当てはまらないという事で御座います」


 そう、おっさんは人間ではないので行くべきは警察ではなく、もし該当する行政機関を考えるならば保健所だろう――その前に研究機関でモルモットとして扱われる事になるだろうが……


「じ、じゃ、じゃあ、どうしたらいいのかな?」

「それに保様は神の使い使徒様でございますから、たかが低層を数階潜った程度で驕り昂った挙句に神の名を勝手に名乗る不届き者を成敗したので御座います、誇る事はあれどお気になさる必要はないかと思われます」

「いや、でも……」


 いつものおっさんなら、今頃ローガスの言葉にまんまと丸め込まれて平気な顔をして、山ほどの料理を平らげていただろう。だが本日のおっさんは違った、事の重大さに怯えていた――確かに20名もの大量殺人、もし見つかれば一発死刑間違いない。心配なのは絞首刑の時に紐がちぎれないか位である。


「ちょっと1人になりたい……」

「今日の成果はどうだったにゃ?」


 アイテムボックスから取り出されたアルの問いかけにも答えぬままに、おっさんは部屋の扉を開け入っていった。


「保どうしたにゃ?何かあったにゃか?」

「実は……」


 ローガスから全てを聞いたアルは大きく頷いた。


「まぁ保が落ち込むのもわかるにゃ。でもどうせお腹空いたら直ぐに立ち直るにゃ、単純にゃから気にする必要にゃいにゃ」


 アルさんはいつも通り酷かった……まぁその通りなので特に否定もしないローガスもそこにいるのだが。


 だが2人の予想とは違い、今回のおっさんは普段とは少々違ったようだ……これより2週間、部屋から出てくるのは夜中にトイレに行く時のみで、それ以外では誰が呼びかけようとも一切反応する事もなかった。


「重症ですな……保様を罵倒愚弄しておいて、死んで尚こう苦しめるとは許せませんな、あの者共は」

「その集団はテレビで特集組んでたにゃ、民間探索者の中で最攻略グループで、中にはアイドルデビューするヤツもいたとかにゃんとかで期待の星だったとかにゃ。でもにゃんか保みたいに絡まれたり、収穫を奪われたり集団で暴行していたとかそんな話も出てきていて大変にゃ事ににゃってるにゃ」

「今保様がそのお話を聞くと、更に心を痛めることでしょうから……部屋にお篭もりになっているのは良かったのかも知れませんな」


 GODを名乗るパーティーが探索から戻って来ない事が大問題になっていた。最高到達の件以上に、一員の1人の男がアイドルデビューが決定していた一面が1番大きかった。既にいたファンを自称する者達が大騒ぎした為だ。

 ただおっさん達が遭遇した時の態度を見てもわかるように、彼らは調子に乗っていた……テレビや雑誌、SNSなどで祭り上げられた所為もあるだろうし、それを窘める者がいない多数の若者で構成された集団だったのも問題だった。我が物顔でダンジョン攻略を行い、他探索者を暴行殺害し収穫品を強奪したりしていた事が、行方不明を機として一気に声を上げる被害者達が現れ問題化しているのも事実であった。

 またこれらの件を踏まえ、ダンジョン探索者というものの危険性が改めて浮き彫りとなり、やれファンタジーだ、レベルアップだと浮かれていた者達は消沈する事になった。

 逆にその流れに危機感を覚えるのは探索者協会……即ち国である。一般探索者の減少イコール、スタンピードの危険性や資源確保に黄色信号が点滅するのも同じなのだ。何とか明るい話もしくは、新たなヒーローが現れる事を願い、模索していた。



 そして更に2週間経過し、メディアからはGODの話題もなくなった頃、ようやくおっさんは巣から出てきた。

 深く悩んで苦しんだのだろう、目の下に真っ黒な隈が浮かび、頬はげっそりと痩せこけ、大きな身体も心做しか少し痩せているようであった。


「やっと出てきたにゃ、もう大丈夫かにゃ?」

「お、俺もう……」

「どうされましたかな?」

「俺もうダンジョンには……」

「そんにゃ事よりも、スタンピード1歩手前まで光が来てるにゃ!早く潜って討伐しにゃきゃ危ないにゃ!」


 悩んだ挙句、もう二度とダンジョンに潜らないという選択をしようとしたおっさんだったが、アルの一声に掻き消された――アルさんは正しい、一般人ならまだしもおっさんにそんな選択肢はないのである。部屋付きダンジョン然り、アルやローガスの人生もその丸い双肩に掛かっているのだから。


「いや、でも……」

「でももにゃにもにゃいにゃ、早く着替えて行くにゃ」

「人殺したんだよ?俺は……」

「ダンジョン内で他人を侮辱したりバカにしたりしたら殺されても文句言えにゃいにゃ。だいたい自分より格上の相手だと判断出来ずに侮った挙句に殺されましたにゃんて、笑い話にもにゃらにゃい情けない話にゃ」

「……」

「アルもにゃん回もにゃんじゅう人もこれまで殺してるにゃ」

「私もで御座います、都市ごと消滅させた事も御座います」

「「えっ?」」


 アルの言葉に救われるように聞いていたおっさんだったが、ローガスのという一言に固まった、アルも固まった。

 数十人殺害の話をしていたはずなのに、少なくとも数百人以上の話を同列に語られてはそうなってしまうのは仕方がない。


「と、ともかくにゃ、今回は殺してしまった事を後悔するにゃら、これからは安易に暴力で問題を片付けにゃい様に心をもっと強く持つにゃ」

「う、うん……」


 衝撃からいち早く立ち直ったアルによる言葉に、おっさんも頷く事になった――アルさんはおっさんよりもかなり出来た心の持ち主だった。


「じゃあ、早く殲滅and偽装スキルGETに行くにゃ」

「うん……」


 話は纏まったようである……アル様凄い。


 これより2週間、3人は各階の殲滅を続け60階層に到達した。

 その頃にはすっかりおっさんは立ち直っていた……


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