第23話――おっさん愛される

 おっさんは現在コメダでシロノワールと格闘中である、3つめの。

 向かい側に座るのは以前居た会社の後輩である新木さんである。彼女の前のコーヒーはもうすっかりと冷めてしまっている。


 本日はアルとローガスは家でお留守番である。きっとアルは今日も動画サイトで子猫を眺めて顔をだらしなく歪めているだろう。ローガスは最近ハマっているDVDでの映画鑑賞だろう。今回はドラキュラ映画だそうで地球の吸血鬼を知りたいと楽しみにしていた。


 なぜ2人がここにいるかというと、昨日新木さんから電話があったのだ、相談にのって欲しいと。因みにおっさんのスマホに登録されている女性のアドレスは4名……母妹と強請られて買い与えたアル、そして新木さんのみである。


 相談内容は会社を辞めたいという話だった。以前出会った時に聞かされた話から問題は更に悪化し、業績が悪くなった事によって上層部は社員を叱り怒鳴る。それにより心折れて辞める社員が続出し、更に売上は落ち……の悪循環で、今会社は大変な事になっているそうだ。

 おっさんの心境としては「大変だな〜」の他人事に尽きていた。今も慕ってくれている目の前の新木さんは別だが、毎日朝から晩まで嫌味だけではなくあからさまにバカにしてきたりしてきた者達の事など今やどうでもいいのだ。それにあまり久しぶりという訳でもない、時折電話がきて話をしたり、会ったりもして同じような話を聞いていた。だからずっと聞き役に徹しているしかない、転職した経験はないので下手なアドバイスも出来ない。


 得てして人は誰かに相談を持ちかける時、既に方向性やある程度の事は固まっていて、それを後押しして欲しかったり、話す事によって自分自身の中で纏めようとする事が多い。なのでおっさんの対応は決して間違ってはいない――それをわかってやっている訳ではないのが悲しいところだが。


 1時間半ほど一方的に話したところで、きっと彼女の中で何か決まったのだろう、話が一段落し心做しかスッキリとした表情を浮かべた。


「すみません、私ばっかり話しちゃって」


 冷めきったコーヒーを一気に飲み干し、顔を少し照れた表情に変え新たにドリンクを頼んだ。


「いや、大丈夫だよ」

「大磯さんは最近どうしてました?」


 おっさんの最近の出来事といえば、かなり色々あったのだが他人に言える事はほぼない。言えるのは居を変えた事くらいである為にそれを伝えると、新木はとても驚いた顔を見せた。


「えっ?そこって3LDKじゃなかったです?け、結婚でもされるんですか?」

「よく知ってるね」

「知ってますよ〜同じ町内ですもん」

「あっ、そうなんだ?ご近所さんだね」

「で、結婚されるんです?もしかして結婚準備の為に会社も辞められたんです?」


 結婚準備の為や結婚で寿退社するのは、基本的に女性が圧倒的多数を占めるのだが……新木よ、驚きすぎだ。


「いやいや、結婚なんてしないよ……って出来ないし……」


 おっさんは逆に肩を落としていた、結婚どころか彼女すらこれまでに1度としていないのだから……


「そうなんですか?じゃあ1人で3LDKなんて広くないです?掃除とか大変そう」

「ま、まぁね……ははははっ」


 なぜおっさんが曖昧な返事と共に笑っているか、それはローガスが全てやってくれている為だ。「掃除は執事である私の務め」とかなんとか言って、テイムしてからというもの1度もおっさんとアルは掃除をさせて貰っていない。以前はちょいちょいアルの抜け毛が落ちていたが、それも一切ないほどいつも綺麗に保たれていた。


「よかったら掃除とかしに行きましょうか?」

「いやいや、悪いしいいよー」


 仕事でちょっと教えただけなのに、掃除の申し出とか優しくていい子だと感動しているおっさんだった。


「大丈夫ですって!」

「まだ引っ越したばかりだから大丈夫だよ。それにこんなおっさんの家に来たら彼氏とかに怒られちゃうよ」

「か、彼氏なんていませんよ」

「えっ?そうなの?……あっ、ごめんセクハラだったね……訴えないで」

「訴えないですよっ!と、とにかく彼氏はいませんし、掃除も呼んでくれていいですよ」


 ガノタだが黙っていれば綺麗だしスタイルもいい、その上こんなおっさんにまで優しく気遣ってくれるいい子に、まさか彼氏がいないなんてと驚いた……そしてふっと我に返り発言がセクハラになると気付き怯えていた――残念なおっさんである……であるが、世の中は中年男性には厳しく出来ているのだ、こうなっても仕方がない……ない?


「こ、これはセクハラじゃないからね?綺麗なのにいないなんてビックリだよ」

「綺麗ですか?そう思います?……あと訴えませんからね」

「うん、あれかな?高嶺の花とかそんな感じでみんななかなか声を掛けられないのかな?」

「そんな事ないと思うんですよね〜でも大磯さんもそう思ってるって事ですか?」

「俺?いやいや、俺みたいなおっさんはそんな事考えるだけでも烏滸がましいから」

「なんですかそれ。大磯さん位の年齢が私はいいと思いますよ?」

「はははは、新木さんも営業っぽくなったね〜ありがとう」

「そういうのじゃないんですけど……」


 新木の言外に匂わせた想いは尽く届かない。恋をしたいとは思うが、それはあくまでも願望であって、現実とはリンクしないのがおっさんなのだ。下手に感受性良く「もしかして?」など期待など抱いてしまったら、それが期待のまま終わった時や明らかに違う事を突きつけられた時にショックを受けるのは目に見えている、何度も経験している。


「あ、あのですね「あっ、もうこんな時間だね、お弁当の予約時間きちゃったからまた今度でいいかな?」わたし……えっ?」

「じゃあ、ここは払っとくね、また相談とかあったら電話してね」

「えっ……あっ……はい……」


 何かを決断したような顔を見せ話し始めたのを遮り、一方的に言いたい事を言うと足早に去っていったおっさんの背を、新木は呆然と眺めていた。


「この流れなら……あれ?……ええっ……」


 どうやらおっさん、人生における最大の好機を逃した模様。

 実はおっさんは新木が何か重大な事を言おうとしていたのに気付いていた……気付いてはいたが勘違いしていた。それは話の流れから推測し、自分を慕ってくれる可愛い後輩がどこかのおっさんと結婚でもするのかと思ったのだ。自分に好意を抱く事はないとわかっているが、誰かが幸せになる話を聞きたくないという妬み全開、ケツの穴の小さい男加減を遺憾無く発揮していたのだ。


 未だコメダで独り呆然としているとは思わないおっさんは、いつものように弁当を沢山買い込んで家路を急ぐ。


「あぁー嫌な事聞くところだった……でもか〜やっぱり召喚術いいなー」


 新木の言葉の1つから連想し妄想を広げていた。

 1度は魔力の少なさで諦めたが、やはり小説や漫画でよく題材になっている召喚術への憧れは捨てきれなかったのだ。


 帰るや否や、ローガスに召喚術のスキル玉を貰い直ぐに取り入れたおっさん。自分の魔力量で可能であり、好みのモンスターを相談した結果、88階層にて頭はライオン、胴はヤギ、尻尾は毒蛇で黒い翼を持つキマイラに決めた。決め手は空を飛ぶ事であったのだが、そこに「猫頭だし、カッコイイオスだったらアルの性癖も矯正されるかもしれない」などとローガスとおっさんの意が含まれていたとかいないとか……


 同じキマイラでも銅が無駄に長かったり、顔が潰れていたり、翼が妙に短かったり等と様々な特徴を持つモノがいる。その中でも全体的に整っているイケメンキマイラを見つけた3人。


 対象相手に術を受け入れさせる為には、まずは屈服させなければならない。どのタイミングで受け入れるのかわからない為に、おっさんは正面からゆっくりと近付きながら戦闘をする前に1度と、召喚術をキマイラへと掛けてみた。

 すると、おっさんとキマイラを包み込むような大きな魔法陣が現れ、ぐるぐると回り始め……光り輝き、キマイラが消えた。


「おめでとうございます、保様。無事契約なったようですな。頭にキマイラを思い浮かべ召喚と唱えて見てくださいませ」


 どうやら戦闘なしのまま術は成功したらしい。張り切っていただけに呆気なさに少々モヤッとしたものを感じるおっさんだったが、戦わずして屈服させた事に満足する事にしたらしく、顔を奇妙に歪めていた――本人はニヒルに笑っているつもりである。


「では!召喚!来いっ!」


 おっさんの叫びと共に魔法陣が地面に描き出され、そこから迫り上がるようにキマイラが現れた。


「おおっ!」

「カッコイイにゃっ!」

「カッコイイと思う?アルもそう思う?」

「アル様もそう思われますか?」


 後ろを振り向きアルの反応に喜ぶおっさんと、隣をじっと見るローガス。


「にゃ……現れ方最高にゃ!」

「……そっか(そうですか)」


 どうやら思惑は上手くいかなかったようだ……いや、まだわからない。2人には是非頑張って貰いたいところである。


「グルゥゥゥッ」

「えっ?なに?……ちょっ!襲わないんだよね?契約ってなったんだよね?」


 突然おっさんの背後から肩に腕を掛けのしかかってきたキマイラ。


「これは……」

「な、なに?!」

「グルゥルルルルルゥゥ」


 慌てるおっさんに対し、指を顎に当て頷くローガス。キマイラは更に腕に力を入れのしかかる。


「どうやら発情しておりますな……保様は一目惚れされたようで御座います」

「にゃははははっ!よかったにゃ保」

「えっ?……ちょっ!送還っ!送還っ!」

「グルゥルルルルルゥゥ」

「な、なんで……!」

「まだ魔力が足りてないのでしょう、回復待ちですな」

「魔力回復薬……あれ……これじゃないっ……やめっ」


 冷静に分析するローガスと笑い転がるアル。

 蛇の尾で器用にズボンを脱がそうとするキマイラ。叫び慌てながら必死にそれを阻止しようと抑えつつ、魔力回復薬をアイテムボックスから取り出そうとするおっさんだったが、慌てれば慌てるほど望みの物が取り出せない――まるで某青色の猫型ロボットである。


「た、助けて!」

「他人の恋路は邪魔するのは野暮となりますので……」

「にゃははははっくふふふふっぐふっ」

「そういうのいいから早く助けてっ!送還送還送還……」

「ぐふっふふふふふふっ」


 叫びはこの後5分程続いたが、何とか貞操を守りきったおっさんだった。


 おっさんを主人と仰ぐローガスが、なぜ助けてと叫ぶおっさんを放置していたか……

 アルの笑い方に疑念を抱いてしまい、観察していた為だ。

 キマイラが消えても解けなかった疑念、それは……アル、BL好き疑惑であった。


「誰もが業が深いですな……」


 ほっとした事から啜り泣くおっさんと、ニヤつきくぐもった笑いを零すアルの声が響く88階層に、ローガスの呟きはそっと消えていった……







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