第15話ーーおっさん変態と呼ばれる
「ほら動くにゃっ!立ち止まるにゃっ」
「その首の上に着いているのは飾りかにゃ?考えて動くにゃ!」
「そんなんじゃ、ダメにゃ!自分を甘やかすにゃっ」
「限界?限界は乗り越えるものにゃ!」
どこの軍曹?修造?かのような
熱血指導中である。
22階層に入るなり、グラスジャイアントアントというバカでかい蟻と戦えと言ったのだ。そこまではおっさんも「ははーん、俺の力を計りたいのか、見ればいい!俺の実力を!」なんて調子に乗っていた……
そして始まった巨大蟻とおっさんの戦闘、そして終結。そこから始まる延々と続くダメ出し――いつの間にかおっさんは自然に正座していた。
そして始まった、熱い指導である。
「何度言ったら分かるにゃ!魔法は動きながら撃つにゃ」
「わざわざ正面に立つとかアホかにゃ?回り込むにゃ」
「それくらいの傷じゃ死なないにゃ」
「バカでかい魔法ばっかり撃つんじゃにゃい!もっとコンパクトに的確に撃つにゃ」
「1匹倒す度になんでポーズつけるのにゃ!?そんな事している暇あったら、自分の傷を治すとか、次を考えるとかするにゃ」
「考えるんじゃにゃい魂で感じるんにゃ」
どんどんと激しくなっていく指導――というかシゴキ。
おっさんはヘトヘトになりながら、走っては魔法を撃ち、走っては剣を振る……傷を負えば自分で治し、また走る。敵が尽き事無くアルに引き連れられてやってくる。
魔力が切れそうになれば、ひたすら剣の素振り。回復したら戦いへとの繰り返し。
対等って何……?「俺たちは仲間だ、どちらかが上とかない堂々の関係だ」って抱き合ったのは幻だってんじゃ……なんて思ってた。
アルにはアルにもちろん理由がある。
いざ戦わせてみたら思った通り、レベルだけ高い戦い方がなっていない感じだったのだ。剣術などは少しは様になっているが、魔法は何も全てが派手なだけで、まるで倒す事を目的としていないようなのだ。
これでは2人で最下層まで行くなど夢のような話だ、おっさんの為に涙を呑んでの熱血指導なのである――半年ぶりの初魔物討伐の際に、死した魔物が光と変わり消え素材も何も残っていなかった事が関係しているのかもしれない……その際ブツブツと「美味しいお肉が光に……」と呟いていた姿があったとかなかったとか……
シゴキが始まって1週間、買い置きの弁当やケーキの全てが尽きた。元々1人で食べる為に買っていたものなのに、2人の大食いになったのであるから当たり前だ。
転移で部屋まで1人戻ろうとした時、アルに止められた、曰く自分も連れて行けと。
「残念ながら外の世界にはケットシーっていう種族はいないから無理なんだよ……あっ、四足で猫のフリをしてくれれば、もしかしたら大丈夫かも?」
「保はバカにしてるのかにゃ?猫のフリをするにゃんて屈辱以外の何ものでもないにゃ」
「だったら無理だって。直ぐに捕まえられてどっかの研究所に売られちゃうよ」
「ふふん……そう簡単に捕まるようなアル様じゃないのにゃ」
「いや、そうだろうけど……本当にヤバイって」
「はっ!も、もしかして保は1人で美味しいものを食べる気にゃ!それでアルを置いてく気にゃっ」
中々決着のつかない話。もしアルを外に連れ出したら……喋らなければ、もし喋らなければ二本足で歩くデカい猫という事でいけるだろうか、いや、きっと直ぐに写真を撮られてSNSで拡散て大変な事になるに違いない。うっかり人語なんて話した日には、世界中に拡散され恐ろしい事態を巻き起こすに違いない。
「じゃあ、確認するよ?取り敢えず今回は部屋で一緒に注文するって事でいいかな?」
「取り敢えずはそれでいいにゃ」
どうやら話は纏まり、2人手を繋いで部屋へと転移した。
「な、なんにゃなのにゃ……見たことがない物が一杯あるにゃ……っていつまで触ってるにゃ、離すにゃ」
「ああっ……」
おっさんは自分以外の者と一緒に転移する事が出来てほっとすると同時に、アルの肉球をぷにぷにしていた――2人抱き合って泣いて以来中々触らせて貰えなかったのだ、仕方ない。
「保!!これはなんにゃ!?こっちはなんにゃ!?」
ドンッ
「うるせーぞコラッ」
おっさんの質素な部屋でも、アルには未知の物ばかりで奇声をあげて驚きまくっていた。
そしてそれに反応しての壁ドンと怒鳴り声。おっさん、一瞬はびくりとしたものの平然としていた……ステータスの精神が上がったお陰か――違う、久しぶりの壁ドンにほんのりと懐かしさを感じていた。
「アル……説明するからもう少し声を抑えて」
「住んでた街の安宿より薄い壁にゃね……」
「……」
散々な言われようだが、事実なので反論しようがない。
インターネットからピザをアルに選ばせる事に。その際「こんはなんにゃ?」とか「絵はどうやって食べるかわからないにゃ」「どうやって取り出せばいいにゃ」など騒いでいたが、そこは割愛。
Lサイズを20枚、どこでパーティーするんだよって量であった。現にピザ屋は注文を受けた時、電話相手が安アパートの一室と知りイタズラと疑ったくらいだ――まぁそれは古株の店員がおっさんの事を知っていて「あのデブの友達ならデブなんだろ」の一言で片付いたのだが。
「さて、来るまでにひと風呂浴びるか」
「行ってらっしゃいにゃ」
現在アルの興味は某弁当屋のメニューである。
だがおっさんは気付いたのだ、その後ろ姿が薄汚れている事に……。ダンジョン内ではさほど気にもならなかったが、煌々としたライトの下ではかなり汚らしい。
「アルも入るよ」
「いいにゃ」
「いいにゃじゃなくて、汚すぎるから入るの」
「嫌にゃ」
やはり猫だから嫌いなようだ。
「ほら一緒に入るよっ」
「嫌にゃっ!触るにゃっ!だいたい女の子に無理矢理お風呂を一緒しようとか変態にゃ、犯罪者にゃ」
「えっ……」
「にゃんで驚くにゃ……もしかしてアルのこと男だと思ってたのかにゃ!?」
「えっ……いや……」
「し、信じられないにゃ……ショックにゃ」
「ごごごごごめんなさい」
「お風呂行ってくるにゃ……覗いたら殺すにゃ」
おっさんが手に持っていたタオルを奪い取り、風呂に向かったアル。
どうやら風呂が嫌いなのではなく、2人で一緒が嫌だったようだ……
おっさんが正気に戻ったのはしばらく経ってからだった。そして慌てた、慌てまくった。
「風呂の使い方わかりますか?」
「遅いにゃ、そしてもうわかったにゃ。それともし覗いたら殺すにゃ」
「あ、はい……」
もう1つ疑問はあった、それは人間用シャンプーでいいのか?って事だったが、ここでそれを聞く勇気などあるはずもない自称勇者であった。
2日後、ダンジョンに再び潜った2人であったが、アルの指導は更に激しくなった……
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