第1章 部屋のおっさん

第1話ーーおっさん選ばれる

2018年12月某日土曜日


 その日深夜遅く、おっさんは疲れた体を引き摺るようにして安アパートの2階にある自宅へと帰ってきた。

 名は大磯保おおいそたもつ36歳独身165cm95kg、大きく突き出た腹と顎の下にダブつく肉。健康食品を売る会社の営業職に就くというのに、まるで健康とは程遠い容姿をしている。その為成績は全くといっていい程奮わず、後輩はどんどんと出世しおっさんの上司となっていく中、未だ平社員だった。


「あぁーもう辞めたい、辛い、ダルい」


 ボソボソと独り言を呟きながらヨレヨレのスーツを脱ぎしまおうと押入を開けたらーーそこには石畳の暗い穴が広がっていた。


「はっ?えっ?」


 理解できない光景に襖を閉める。

 連日勤務の疲れからくる幻視かと疑い頭を振る。

 そしてもう一度恐る恐る襖を開けるーーやはりそこには石畳が続く道があった。


「えーーーー??」

「うるせーぞコラ!」


 思わず驚きの声をあげた途端、左隣の部屋からドンっと壁を叩く音と共に怒鳴られた。


「すみません」


 壁に向かって小声で謝りながら頭を下げ、ゆっくりと振り返る。やはりそこは石畳の道があるように見える。


「ここ2階だよね……なんで?何これ」


 部屋の外に出て自宅かどうかを確認するも間違いない……


「あっ俺の荷物は?」


 キョロキョロと見渡すが欠片さえ落ちていないようだ。


「無くなってるー!!」

「うるせーって言ってんだろうがコラ!」


 先程よりも強く壁を叩かれ怒鳴られたがおっさんは呆けていた。「大事な俺の財産が……」座り込み項垂れブツブツと呟いていた。

 財産といっても、セクシーDVDや際どい写真集やらしかないのだが、大した趣味も何も無いおっさんにとっては大事なお宝だった。



 しばらく経ってようやく立ち上がったおっさん。腹立ち紛れに石畳のそこへと一歩踏み込んだーー残念な事に身体は正直な為にその一歩でさえ震えていた。


 <地球世界におけるダンジョンシステムのテストを開始致します。貴方はテストプレイヤーに選ばれました>


 両足共に踏み入れた瞬間、頭の鳴り響く言葉。


「ダ、ダンジョン?」


 <テスト期間は1000日となります。地球世界人間種にわかり易く理解して頂くため仕様書を用意しました>


 さらに続く言葉に驚いていると、目の前に突然1冊の本が落ちてきたので慌ててそれを受け止める。


「これが仕様書とかいうやつか?」


 状況から鑑みてそうとしかありえないのだが、見えぬ声の相手に問いかけてみるが反応は一切ない。

 仕方なくそっと本を開いてみるーー開けた途端辺り一面を照らすような光が溢れ出した。目を抑え転げ回るようにドタバタするおっさんーー「目がぁー目がぁーアガガガガ……」目へのダメージと共に訪れる頭痛に情けない声をあげていた。


「仕様書っていっておいて頭に無理やり情報流し込むとか反則だろ!」


 思わず叫んでから、そっと隣の部屋との伺いみるがいつもの壁ドンはないようだ……きっと出かけたのだろう、安心した。


 無理矢理流し込まれた情報を纏めるとこうだった。

 ・この世界初のダンジョンである。

 ・このダンジョンは部屋に基づくものではなく、テストプレイヤーに選ばれたおっさんに紐付けされているので引越ししようが部屋の一部はダンジョンに繋がる。

 ・選ばれたのはランダム抽選によるもの

 ・100階層となる。

 ・1000日以内に最深部に到達しない場合おっさんの命と共に地球世界は終焉を迎える。

 ・他者の介入及び助力は一切認めない。口外も禁止する。

・地球世界に存在する武器防具は持ち込む事は出来ない。

 ・ステータスと唱えれば現在のLvや保持スキルが表示される。

 ・テストプレイヤー補償として片手剣、皮鎧、皮の腰巻、ブーツ、2種類のスキルを与える。

 ・ダンジョン内にはモンスターがいる。殺すと核やアイテムなど様々な物を落とす。ダンジョンから出る時選択したアイテムを地球世界の現金へと交換する事が可能である。

・ダンジョン入口床にある5つの宝石全てが光ると、モンスターは外に溢れ出す。適度に狩っていれば溢れ出ることは無いが、おっさんが死んでもダンジョンは継続存在する為にモンスターは溢れ出る。



良くも悪くも運の良さなど人生1度も感じた事がなかったのに、何故か世界の命運を握る男に選ばれてしまったおっさん。

世界の命運を背負う事になってしまったおっさんだが重圧に押し潰されそうになってーーいなかった。暇を持て余して毎夜読み漁っていたライトノベルの主人公になった気分で浮かれていた。世界云々もヒーロー気分だった。

隅に詰まれていた武器防具一式をいそいそと着込んで、さっそくとばかりに唱える。


「ステータス!!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

大磯保(36)

Lv1

体力・・・1

筋力・・・1

魔力・・・3

敏捷・・・1

精神・・・15

運・・・1


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

スキル・・・アイテムボックス・水魔法(全)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


目の前に映し出されたものは恐ろしく低かった、万年平社員で後輩を上司と呼び続け平身低頭する毎日のせいか精神だけが平均並みだった。

だがおっさんはそんな事には気づきもしなかった、比べる相手がいない事も関係しているが、それよりも何よりも憧れのアイテムボックスがあったのだ。


「アイテムボックスゥ!!」


当然の如く直ぐに唱えるおっさん、その声は上擦っている。

気持ち悪い声でもスキルは反応したようだで、目の前に現れた黒いモヤ。おっさんは貰った剣を腰から外しモヤへと近づけてみる……すると剣の大きさへとモヤが変わったと思ったら手から剣の感触が消え、モヤが消えた。もう一度唱え手を入れると頭の中に<片手剣>と浮かんだので、それを念じると手に何かを掴む感触を得た。


「すげー!夢にまで見たこれがアイテムボックス!!」


奇声をあげて出し入れし続けるおっさん。延々と飽きることなく剣を出し入れし続ける。


「俺の時代キター!」


そのままの勢いで奇声と共にドスドスと大きな音を立てながら部屋へと戻り、目につく物を片っ端からアイテムボックスへとしまい込む。


「うるせーって言ってんだろうが殺すぞコラ!」


ドンッ!ドンッ!


隣の部屋と下の部屋から壁と床を激しく叩かれた。


「すみません、すみません」


ペコペコしながら謝るおっさん。だがここでふと思い立った。先程まで同じく大声をあげたりドタバタしていたのに下と隣は無反応だった事に。そこでダンジョンに戻り息を吸い込む……


「すみませんでした~〜!!」


バカでかい声で謝ってみるが、やはり思った通り無反応だった。確信に近い何かを感じていたが、選んだ言葉は謝罪……ヘタレのおっさんだった。

どうやらダンジョンの中と部屋は何か見えない壁か何かがあるようだ。ようやくこれまで言えなかった会社への不満、アパート他住民への文句など面と向かってはおよそ言えない罵詈雑言をここぞとばかりに叫ぶおっさん、気分は一人カラオケ状態ーーおっさん、気が小さい為に恥ずかしくて一人カラオケなんぞ行ったことはなかったが。体は大きいが器は小さい男なのである、仕方がない。


しばらく叫び続けて息を荒くしたおっさん、次に試すはもちろん水魔法だ。(全)とあるのはきっと初級や上級などの括りがあるに違いないと推測する。だが与えられたのは(全)、即ち全ての水魔法が使えるという事に思い至り歓喜した。


「行くぜっ!アクッアブゥォゥゥルゥゥ」


バタンッ


おっさんは突然倒れ気絶した。

伸ばした指先からは一滴の水が地面に落ちていた……



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