30 美しい夢

 我々はとある草原の、緩やかな丘の頂上にいた。我々は皆、焦燥感と悔しさとに押し殺されていた。我々は、この先で何者かが、確実に死ぬことをただ、知っていた。

 丘の先は、美しい草原の続きを演じていた。その果てには、鋭い突先を持つ断崖があった。その突先から少し左へと逸れたところに、大きな神社があることも見てとれた。

 我々の隊長は、危険を承知で少しずつ我々に前進を命じた。少しずつ、我々は草原と神社と、そして断崖へと近づいていった。これが最後とばかりに、隊長は我々に神社への前進を命じた。私はそれに逆らった。何としても、彼らの死を目の前で看取りたかった。私は隊を離れ、断崖へ向けて走り出した。

 私は、彼らを看取るには断崖を下りねばならぬことを知っていた。断崖の左側には、それに寄り添うように狭隘な急坂があった。私はそこを下り始めると、予想だにしない光景に息をのんだ。


 目の前の全ては、純白の羽に覆われていた。


 羽毛かとも考えた。しかし、そう思うには、あまりにもこれらの羽は神々しさを纏い過ぎていた。羽たちは私が足の親指一つ動かすだけでも、軽やかに舞い踊った。微かな、ほんの微かな風でさえも、ふわりと空へ浮かんだ。

 私は、その坂を下っていった。そして、ある時背後を振り返った。純白の羽を敷き詰めた急坂の途上に、女性がいた。私は女性が死ぬことを知っていた。しかし、私は女性が何者であるかは知らなかった。その女性に、純白の翼をふわふわと背中に漂わせる、二人の少女がじゃれついていた。少女は女性の子供であろうと思われた。しかし、女性には翼がなかった。私は、この神々しい羽の全てが、女性のものであったことを知った。私は女性の死を嘆かなかった。必然は避けられないと知っていた。だが、この二人の少女を、女性を失った少女たちのことを思うと、悲痛だった。…


 私は、急ぎ彼の元へ行かなければならなかった。断崖は既に下りきった。走りついた先には、俗世的な風景が私を待っていた。左方に団地が見え、足元は細い車道だった。時間は夕暮れに思われた。その中で、彼は待っていた。小太りで、特徴もなにもない、ただの男性だった。私は、男性が死ぬことを知っていた。そして、この男性が死ぬ折に、二曲歌うことも知っていた。私はその歌を、なんとしても皆に伝えたかった。左手の無線機のマイクの電源を入れた。男性は、町の一角の、小さな、しかし生命に溢れた稲穂に抱かれた田圃の上で、歌い、踊った。私はそれを、必死でマイクで拾おうとした。だが、私自身は、男性が何を歌ったのか、わからなかった。

 男性は一曲目を歌い終えると、ふらふらと倒れ込みそうになった。私はマイクを投げ捨て、慌てて彼を支えた。

「大丈夫か」

「大丈夫…でも、違う歌が歌いたいんだ」

「違う歌?」

「そう…こんなことになるならもっと、皆と歌っておけばよかった」

 彼の限界が近いのは明白だった。私は投げ捨てた無線機を再び手に取った。

「隊長、五分ください」

「……迷っているのか」

「はい」

 通信は途絶えた。しかし、短い通信の中に、仲間の、今ここで死にゆく男性への好意に基づく様々な声音が入り混じっていた。私は、それに満足だった。

 私は男性を支えながら、病院の待合のような、椅子が横一列に並んでいる場所に辿り着いた。そこに、私は私の仲間のうちの一人を見つけた。彼は、私の支えている男性の一番の友だった。彼も、私と同じように下りてきたのだろう、と私は思った。私は男性を、彼の友人の隣に腰掛けさせた。彼らは、静かに、ゆっくりと、何かを話し始めた。

 私はいくつか離れた椅子に腰掛け、努めてその内容を聞かないようにしながら、中空をただ眺めて、待っていた。ただ、待っていた。………


 私は女性と男性の死を確信しながらも、その死を認識しなかった。私の意志は、ただ看取りたいということと、その最後を仲間に伝えたい、という二点に始終していた。

……そう、少なくとも、目が覚めた私には、彼らが本当に死んだのかどうかは、皆目見当もつかなかった。

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