22 役割

 我々は『ある環境』という演劇の、一人の登場人物に過ぎない。

 環境は無数に存在する。無論、宛がわれる役割も、その数以上にある。


 我々は我々の人生を生きている。されど、我々の人生は、その時々の役割を演じきることの総括にすぎぬのかもしれない。

 私は私である。それを否定するつもりなどない。しかし、友人にとって私は友人である。恋人にとって恋人であり、母にとって良き息子であり、父にとっては馬鹿息子である。そこには私という原型の上に、個々の役割が覆いかぶさっている。私はその時々に、その宛がわれた役割を演じきらなければならぬ。

 友人にとって恋人であってはならない。恋人にとって友人であってはならない。母にとって父であってはならず、父にとって友であってはならない。これは自明の理である。

 つまり私は、演ずべき役割以外を演じてはならないという束縛によって…そう、あくまでその『束縛』によって演ずるのである。

 さて、この『束縛』について、私は全否定の言葉を浴びせるつもりは毛頭ない。『ある環境』で宛がわれた役割が、いかに私にとって不満であろうとなかろうと、私からその『束縛』を取り払った先にあろう悪夢を思ってみれば…むしろこの『束縛』は神が我々に授けた恩恵とさえ呼んでもよかろう。

 その悪夢とは、原型の私だけになった『私』に宛がわれるであろう、ただ『私という地獄の束縛』のことである。少なくとも他の役割に没頭している限りは、それを忘れることができるというものだ。

 それはたとえ逃避だと言われようとも、一種の幸福である。

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