第80話 理想を求めて

 いつまでもこうして座っているわけにはいかない。異様な光景に身体はまだ怯えているが、俺はなんとか立ち上がってとりあえず歩き始めた。どこに行けばいいのかはわからない。だが、とりあえず先輩達を探さなくては。それに武器もだ。


 人の眠ったカプセルの横を通りながらしばらく歩いていると、何やら明るい場所が見えてきた。誰かいるのかもしれない。俺は足音を立てないようにその場所へと近づいていった。


「………」


 その光源となっていたのは、幾つもあるモニターだった。何かの数値を表していたり、監視カメラの映像だったり、そしてもっとも目を引いたのが……不規則に変わっていく映像だ。その映像は、色々な人の生活する様子だった。女の子をはべらせて、好き勝手にしている男がいた。暴飲暴食を繰り返す者がいた。男女で仲良く歩いている光景があった。サラリーマンが上司に向かって好き勝手に殴りかかっている姿があった。それらのどんな人も、嬉しそうに顔を破顔させている。


「……なんだよ、これ」


 いや、まさかこの映像は……眠っている人達が見ている夢なのだろうか。だとしたら、ここが招待状に書かれていた場所だというのなら……幸せとは、自分の欲望を映し出す夢ということなのか。


「───動くな、両手を上げろ」


「ッ………!?」


 誰かが後ろにいた。若い男の人の声だ。まさか……逃亡した研究員だろうか。背後を取られてしまっては、何も出来ない。男の出した指示に従って、俺は両手を上げて動きを止めた。


「……あの女、案外早く俺達を始末しにかかったか。君も言われてここに来たんだろう?」


「……日向 葵さん、ですか」


「そうだ。しかし、少し想定外だな。処理班が来ると思っていたら、まさかこんな子供を寄越すとは。まぁ、メンバーは凄まじかったがな。三人目のオリジン兵に、斬人、射撃、サツジンキ……。私があの組織にいた時には、既にそこそこ名前が上がっていた人員だな」


 両手を上げたまま、顔だけを後ろに向ける。研究員、日向さんは支給品であるコルト・ガバメントを俺に向けていた。


 白衣を着て、眼鏡をかけた男性だった。背丈も高く、見た目でわかるくらい、頭の良さそうな顔だった。ガッチガチの理系人間だろう。


「……なぜ、組織から逃げ出したんですか?」


「あの女の所になんかいられるか。私は、私の理想を追い求めているだけだ。だというのに、あの女の理想の犠牲になってたまるか。他の奴らとは違って、私は自分の意思で逃げ出させてもらっただけだ」


「……自分の意思? 他の人と違う?」


「君は何も知らないのか。いや、そうだろうな。知り得るわけもない。研究員の上位チームなら知っていたが……奴らも、所詮は処理班と同じあやつり人形だ」


 ……言っていることがいまいちわからない。あの女とは、多分木原さんだろう。木原さんの理想の犠牲? それにあやつり人形……ダメだ、わからない。


 未だに俺に拳銃を向けている日向さんに、俺は尋ねた。今はなんとか、時間を先延ばしにする他ない。情報を盗むか、この窮地を脱する手立てを整えなければ……このまま死ぬのはごめんだ。


「……あやつり人形とは、どういうことですか」


「そんなに質問されても困るんだけどね。君、今の立場を理解しているのか? 私は研究員だが、これでも射撃くらいはできるぞ」


「無駄な争いはしたくないので。貴方だってそうでしょう。それに、今ここで発砲したら、まず間違いなく後ろの機械に当たりますよ」


「足を狙ってうずくまった所を撃てばいいんだけどね。まぁ確かに、その機械に壊れてもらっちゃ困る」


「……貴方はここで、何をしていたんですか。それに、幸せの招待状を貰った人が得られる幸せとは?」


「……ふむ。確か君は高校生だったね。君は普通の生活から一変して奈落に落ちたような人生を歩んでしまった。そんな君になら……私が何をしていたのか、話してやってもいい。できることなら君の手を借りたいんだ。なにせ、ここに本部の連中がなだれ込んできたら対処できない。それに、エラーも何もなしに自力で起きれた君に興味もある。普通は起きれないはずだからね」


「話によりますが、ね」


 一応、そっち側についてもいいという意思表示だけはしておく。本部に反抗するための戦力が欲しいのなら、ここで俺を殺すというのは勿体ない。相手は完全に頭脳型。俺程度の子供なら口舌だけで引き込めると思っていることだろう。


 ……その手には乗らない。ここでなるべく情報と時間を稼がせてもらう。


「武器も何もないので、手を下ろさせてもらっても? そろそろ肩が痛いんですが」


「……まぁいいが、そこから動くなよ。それと、不審な動きを見せたら躊躇はしない」


「どうも」


 両手を下げて、だらんとだらしなくぶら下げる。ポケットに手でも突っ込めば間髪入れずに撃ち抜く気だろう。今は何もしないという意志を伝えなければならない。


 目線は日向さんではなく、モニターに移っている映像に向けた。そして彼に尋ねる。


「ここにある機械は、一体なんですか」


 俺の言葉に、彼は抑揚のない声で答えた。


「それに関して話すのは、まずは私の理想について話さないといけない」


「……お聞かせ願っても?」


「少しは君にも関心が持てるような話だ。私が願っているのは極々単純で、それでいて難しいものだ。簡潔に言うのなら、全人類を幸せにしてやりたい。それだけだ」


「……全人類を、幸せに?」


 聞き返すと、今度の彼の返事はどこか熱の篭ったものだった。それこそ、彼がそれを信じてやまず、それを実行しなければならないという確固たる想いが込められているような、そんな印象を覚えた。


「それはとてもじゃないが、無理難題な話だった。机上の空論とも言える。子供が描いた絵空事を、私はずっと追い求めていた。誰もが救われる世界、誰もを救える世界。犠牲なんてものを出したくないという、私の幼い頃の願いだ」


「……なら、この機械はそれを実現させるものだと?」


「そうだな。この装置は君達が使っていた技術を基にして作られたものだ。VR装置があるだろう。あれを流用し、使用者が願った夢を見させる、いわば明晰夢を見ることのできる装置だ。明晰夢はわかるか?」


「夢を夢だと理解した上で見ることができ、その夢の中である程度自分の意思で物事を操れるもの、ですよね」


「その通りだ。そして、この装置は夢を見させるだけじゃない。人体に必要な栄養を空気を介して与えることができる。これほど素晴らしいものを、私以外に誰が作れるというのか」


 彼は高らかに自分の作った装置について説明を始めた。なるほど、あのカプセルの中がやけに居心地がよく満足感が得られると思っていたのは、栄養が送られていたからか。しかしどうやってだろう。きっとそれを尋ねたところで、俺には理解できない技術的な話になるんだろうけど。


「私に出せた結論は、これだけだ。人間が人間である限り、他者との争いはなくならない。ならば隔離してしまえばいい。それぞれの、自分の世界に。その世界の主は、人間の望み通り、自分至上の世界を得られる。誰もが夢見て、しかし手が届かない理想を実現できる。これを、幸せと言わずして何と言うか」


 彼は言った。人間とは自分が大事で、それ以外は結局どうでもいいと思っているのだと。そんな人々を救えるのだとしたら、それはもう自分が神にでもなった世界を作るしかないだろう、と。


 ……なるほど、絵空事だ。彼の言ったように、それは実現しようのない机上の空論に過ぎなかった。だが、それは日常的な話。俺達が今いる世界には、それを実現できてしまう技術があった。


 痛みも感覚もあるVR装置。どこかのお話でもあったような、意識を完全に情報化してゲームの中に取り込むようなものだ。そのゲームは、プレイヤーである自分が思い通りに動かすことができる。


 昔は早くフルダイブのゲームが出ないかと望んでいたが……こうとなっては、それは決して創り出されてはいけない技術だ。自分の思った世界を作り、そこに閉じこもってしまう。現実からの逃避だ。それを今の時代に実現すれば……何人足りとも逃れることは出来ないだろう。


「私が作ったこの装置なら、望む世界を作りあげることができる。恒久的な幸せを実現できる。君も見ただろう? 皆幸せそうに眠っている。そこのモニターに映っている映像も、実に幸せそうじゃないか」


「………」


「君がどうやって夢から覚めたのかはわからないが、でも見たはずだ。君の幸せを体現した夢だっただろう?」


「……笑える話だ」


「……なに?」


 俺の嘲笑うような声に、日向さんの眉間に皺が寄った。自分の理想を否定されては、そりゃ怒るだろう。なにしろ、それは実現一歩手前までいっているのだから。


 だが……彼の理想は決して叶わない。それは矛盾を孕んだ夢だからだ。


「恒久的な幸せ? そんなものは存在しない。例え夢であろうとも、永久に続く幸せはありえない」


「……君の目は節穴か? そのモニターに写っているのは幸せな光景そのものだ。君の夢だって見させてもらった。死んだ両親と共にもう一度生活したい。そう願っていただろう?」


「……そうだな。幸せだ。それはとてつもなく、幸せだ。俺がそう思えるようになったのは、両親を自分の手で救うことができなかったという不幸を経験したからだ」


 時間稼ぎにはもってこいの自論だ。あの時言った相反性理論。今ここで、この男にぶつけるしかない。さぁ、言え。自分の考えは正しいのだと信じて疑うな。その堂々たる態度こそが、相手の価値観を揺るがせる行為だ。


「この世界には対になるものが存在しなければ、その物事は存在しない。幸せには、不幸がなければ存在しえない。貴方のその理想は、致命的な矛盾を孕んでいる」


「矛盾だと……? そんなことはない! 私のこの計画が間違っているなど、ありえない!」


「いいや、間違っている。この機械でずっと同じ幸せを与え続けてみろ。いつかは飽きがくる」


「それは別の幸福を求めることで解消される! 見てみろ、そのモニターに映っている男は夢の内容を変えてまた幸せな道を歩み始めたぞ!」


 モニターを見る。そこにはさっきまで友人と遊んでいた男が、富豪になって自分の好きな生活を送る姿があった。他にも、女を抱いていた男は相手の年齢層を変え、暴飲暴食をしていた者は痩せ細り、上司に反抗していた男は今度は上司になって部下をこき使い始めた。


 なんと醜い光景か。この歪んだ欲望こそ、人間を人間たらしめる物であり、俺が人間という種族を嫌う理由でもある。


「恒久的な幸せを実現させるためには、差異がなくてはならない。俺達が物事を実感するためには、その前の状況との差を感じることでしか実感できない。痛くないから、傷ができて痛いと思った。なら、幸せだったものが、より幸せにならなければ、幸せとは実感できない」


「それを実現できる。それがこの装置だ」


「……いつかは止まりますよ、それ」


「なに……?」


 苛立たしそうな彼は、しかしもう銃口を向けていない。彼はどうやら俺の言葉を聴き入る体制に入っているようだ。このまま、俺は彼の考えを打ち砕く。


「例えば、自分の好きなものを食べることに幸せを見いだせる人がいたとするならば、毎日同じものばかりでは飽きるでしょう? なら、次は別の物を食べよう。これも飽きた。色々なものは食べ飽きた。なら組み合わせよう。そうやって自分で幸せを追求していく。より幸せになりたいがために」


「それの、何がいけないというのだ」


「世界中の全てを網羅し、食に飽きる可能性もある。ならばもっと幸せを。もっと多くの幸せを。そうやって追求して追求して……やがて限界に至る。不幸を経験しないということは、幸せのグラフは斜め一直線だ。上限にぶち当たれば、そこから先は平行線。最上級の幸せが永遠に続くことになる」


「……それこそが、追い求めた理想だ」


「だが、飽きる。そうなればもう、それは幸せとは呼べない」


「………」


 彼は口を閉ざした。両手を強く握りしめ、俺を睨みつけてくる。俺はただ彼に向かって生意気そうな顔をしているだけだった。そう、そうやって怒らせろ。相手の余裕をなくせばなくすほど、俺の理論は彼の理論に打ち勝てる。


「俺達が真に幸せを体感したいというなら、不幸になればいい。些細なことを幸せと感じ取ることができるだろう。だが、貴方の理想は不幸を許さない。たった一欠片たりとも、その不幸を許容しない」


「……欲しいものが得られる世界。言ってほしい言葉を言われる世界。それは、正しいはずなんだ」


「正しい正しくないは、今は無関係だ。俺は貴方の理想について言及しているに過ぎない」


「ッ……君のそんな言葉に、惑わされると思うのか?」


「ならもう少しお話をしましょう。差がないとそれを幸せだと認識できないなら、外の世界からそれを監視していればいい。貴方は彼らの様子を、幸せそうだと認識できる。なにせ、今ここにいる貴方は幸せを眺めるだけの不幸者だ。そんな貴方だからこそ、その幸せの差を明確に理解し、その飽きるという幸福に意味を見出すことができる」


「……なら、仮にそうしたとする。それならば、君の理論は無意味だ」


「俺の理論は、ね。けど、貴方の理想は?」


「……私の、理想だと?」


 怒りの感情が俺にぶつけられる。しかし俺はあくまで優位にたっている自分を疑わない。大丈夫。俺は彼の理論に打ち勝てる。


 彼の理想は、実現しえないのだから。




「───観測者たる貴方が不幸であるのなら、全人類が幸せであるという貴方の理想は破綻する」




「─────」


 彼は呆然と口を開けたまま俺を見ていた。その姿を見てニヤリと口元を歪ませる。


「恒久的な幸せは実現せず、実現させようとしても貴方の理想は達成出来ず。貴方の理想は……致命的に矛盾している! 子供のような夢は机上の空論でしかない! 貴方が子供ならまだ青いだけで終わるでしょう。しかし貴方はもう、子供ではない! その夢が提唱されて微笑まれるのは、無邪気な子供の時だけだ!」


「黙れッ!!」


 銃口が向けられる。視線を横に逸らして、モニターに映る時間を確認する。もう充分時間は稼いだ。内心ほくそ笑みながら、俺は彼に告げる。


「なぜ怒る必要がある。貴方が真に自分の理想を信じていたなら、そんなものは妄言だと捨てれるはずだ」


「黙れと言っているッ!!」


「貴方が怒っている理由、それは欠片でも俺の理論に共感してしまったからだ。自分の理論を、理想だけを貫き通せたのなら、貴方の中には怒りなんて感情は生まれない!」


「次口を開いて見ろッ!! 私は君を撃つぞッ!!」


 俺は嘲るように口を開いた。



「貴方の理想は、単なる子供のわがままだ!!」



「黙れェェェッ!!」


 もう月は出た。ならば、至近距離でもあの弾丸を見ることはできる。さぁ、躱せ!!


 自分で自分に命令を下す。発砲音が鳴るよりも早く、弾丸は銃口から放たれる。胴体、心臓狙い。全力で回避しろッ!!


「ぐッ……うッぐゥ……!!」


 急所は避けた。しかし左腕が弾丸に貫かれた。左腕は直撃した衝撃で勢いよく後ろに動き、そのせいで左腕が動かなくなった。痛みと同時に熱さが発生し、痛みに慣れていても口からは悲鳴をあげるのを堪えて苦しそうな声が漏れた。


 本当は泣きたい。叫びたい。助けてくれと誰かを呼びたい。だがそれをするだけの時間すら与えられない。


 二発目がもうすぐ来る。逃げなきゃ、死ぬ。けど、痛みで身体が竦んでる……すぐには、動けない……ッ!!


 まずい、まずいまずいまずいッ!! 何か弾けるものがないと、次弾は避けられないッ!!


 刹那の間に頭の中に過ぎるのは、今度こそ自分の胴体を貫く弾丸の様子。頭では避けなければと思っていても、身体は動かない。ただ……いもしない神様に祈るだけだった。


「───上出来だ、唯野ッ!!」


 声が聞こえた。そして次の瞬間には男の腕から拳銃が叩き落とされ、日向さんは背後から迫ってきていた西条さんによって地面に倒された。痛そうな音が聞こえ、次には日向さんの呻き声が。もがく日向さんが逃げ出さないように、西条さんが彼の上に馬乗りになって固定する。


「っ………」


 身体から力が抜けていく。緊張が一気に解けて、もう立っていることすらできなかった。そのまま落ちるように地面に座り込んだ。涙腺は崩壊し、両目から涙が落ちていく。


 ……助かった。あの状況から、生き残ることができた。その事実だけが頭の中を埋めつくしていく。


「ぐっ……君は、なんで起きて……」


「急に願いが叶うことなどありえるものか。苦労もせずして手に入れた地位なんてものに、一体どんな価値があるというのだ。血反吐を吐くような苦労の上で、奴らを蹴落とさねば俺は気がすまぬのでな」


「なんて、奴だ……」


 いかにも、彼らしい理由だった。その顔には不敵な笑みが浮かべられていて、きっと日向さんの思惑を上回ることができたから内心嬉しいんだろう。


 西条さんは馬乗りのまま、彼の首に刀を突きつける。


「貴様はまだ殺さん。吐けるだけ情報を吐いてもらわねばな」


「……クソっ……なんで、ここまで来て……」


 日向さんの顔が憎悪に歪む。目標達成を果たしたと思っていたら、急に来た俺にその理論を破綻させられ、拘束されてしまったのだから。その心の内は俺には計り知れない。


「……机上の空論は、達成できないのか」


「貴様の頭の中だけで考え出した根拠もない理論に、一体何ができるというのだ」


「……所詮は、子供の戯言だと……君は言うのか……」


 彼の目が俺に向けられる。撃たれた左腕を抑えながら、俺は彼を睨み返した。悪いけど……負けるわけにはいかなかった。


 彼の顔は歪んだままだったが、やがて諦めたかのように息を吐いた。恨みの篭もった声で、彼は俺に告げる。


「子供の戯言は、子どものうちでしか許されない、か……。ハハッ……なら、まだ君なら、許されるのか……」


 ……彼は何を言っているのだろう。俺には彼の脳の中身は覗けないし、覗いてもきっと何もわからない。


「君は絶対に、後悔する。君だけは、絶対に。その時にまだ……君が子供だったのなら……ッ!!」


「なっ……!?」


 最後の力を振り絞ったのか、彼は研究職であるにも関わらず馬乗りの西条さんを振り落とした。俺は急いで彼の銃を回収しようとしたが、それよりも先に彼に銃を取られてしまった。


 撃たれる……そう思っても、弾丸は来なかった。彼は立ち上がって銃を俺たちに向けながら後退していく。その顔は……憎悪と悲哀の混じった、悲しい顔だった。


「は、ハハッ……あの女のための犠牲になんて、なってやるものか……。私は、私の理想のために……」


「貴様何をしているッ!! 銃を下ろせ!!」


 銃口は俺達にではなく、彼自身の頭に向けられた。両手で銃を持ち、自分の額へと。まさか……自殺する気か。西条さんが走り出したけど、距離がありすぎる。


「君はまだ、子供なんだ……。わがままを貫き通せ。私の言葉を、忘れるなよサツジンキッ!! 君は絶対に……あの女を恨むことになるんだッ!! 犠牲の上に成り立つ平和なんて、クソ喰らえだッ!!」


 そう言ったが最後、引き金が引かれた。発砲音と共に、彼の身体は後ろに向かって倒れていく。重たい音を立てて、彼は床に横たわった。額から流れ出る血が周りに流れ出していく……。


「チッ……情報を吐く前に死んだか。逃げた理由も、何も聞くこともできずに……」


 西条さんは彼の隣にしゃがみこむと、傷の大きさや撃ち抜かれた頭部を見てため息をついた。即死だったんだろう。


「……そっちの怪我はどうだ?」


「……左腕に弾が……」


「見せてみろ」


 座り込んでいる俺の近くまでやってきた西条さんは、なるべく左腕を動かさないようにしながら銃創を見た。未だに左腕は上手く動かないし、血が止まることなく流れ続けている。西条さんはそれを見て深く息を吐いてから、どこか安心したような顔つきで言ってきた。


「骨に当たらずに貫通したか……。被害は軽いな」


「これで、軽いんですか……」


「銃弾が中に残っていたらかなり面倒だ。骨に当たっていれば最悪別の方向に突き進んでいただろう。筋肉繊維だけがやられているなら、まだ軽い方だ。消毒と止血を急げばなんともない。武器が保管されていた場所にアルコールがあったはずだ。止血をしたらそこに向かうぞ」


 西条さんは自分の服の裾を無理やり手で引きちぎり、その布で銃弾が貫いた場所をきつく縛りつけた。堪えられずに、俺は苦痛の声を漏らした。痛むところを縛り付けるとか……更に痛みが悪化している気がする。


「少しは我慢しろ。死ぬよりマシだろう」


「そうは、言いますけど……」


「……にしても」


 彼は俺の顔を見てから、ニヤリと口元を歪めた。人の顔を見て何を笑っているんだこの人は。不満げな顔をした俺を見て、彼は答えた。


「いやなに、俺に散々ボロボロにされても泣かなかった貴様が、今こうして泣いているのが愉快でな」


「そりゃ、こんなの泣くに決まってるじゃないですか……痛いし死ぬかと思ったし……」


「ならまだ気をしっかり持っておけ。消毒はより痛いぞ」


「勘弁してくださいよ……」


 一足先に進んでいく西条さんに置いていかれないように、俺は立ち上がって追いかけていく。先輩だったら担いで連れていってくれるのに……もう少し怪我人を労わって欲しい。


 左腕を抑えながら、俺達は消毒と残った二人を起こすためにこの施設の中を探索し始めた。





To be continued……



 日向 葵  

 向日葵 花言葉『夢を追い求める』

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