第36話 微かに臭うモノ

 約束の時刻を過ぎ、俺達は二手に別れて村を半分程度に区分けして調査をすることになった。メンバーは話し合った通り。俺と七草さん、先輩と紫暮さんだ。


 ……正直、あの時紫暮さんに感じた変な感覚は未だに自分の中で引っかかり続けている。確証もない今何を言っても仕方がないが、少なくとも現状紫暮さんを俺は信用出来ない。一応紫暮さんには内緒で、俺達三人は小さなインカムをつけている。何かあってもすぐに対処できるようにだ。


「……真っ暗だね。外灯とか、たまにチカチカしてる」


 七草さんの言う通り、電気が上手く通っていないのか外灯は点滅を繰り返している。そのせいで、外灯には小さな虫たちが沢山集まっていた。正直見ているだけで鳥肌が立つ。俺は虫は苦手だ。


「……夜中だからか、流石に人はいないな」


 辺りを見回しても、誰一人として人はいなかった。一応夜間の仕事のため、身バレを防ぐために黒い外套を着用している。俺が初めて加藤さんと会った時に彼女が着けていたのと同じものだ。見た目が完全に厨二臭いが……なんかちょっと格好よくもある。七草さんも中々に似合っている。Trick or Treatなんて言われたら飴を渡すこと間違いなし。


 ……いや、ここは敢えて何も渡さずにイタズラしてみろと言って頬を赤くする彼女を見るというのもありか?


「氷兎君、何か考えてるの?」


「ん……いやちょっと先の事をね」


 そう、ハロウィンはもうちょっと先の話だ。今は今の話をするとしよう。


 夜中になるべく音を立てないよう村中を巡回する。流石に背中に槍を背負ったままだと動きにくい。袋から出していないので多少は槍がこすれて出る音も緩和されている。あまりうるさいと村人に怒られてしまうからな。


「何も無いね……あっちはどうかな?」


「どうだか……何もなさそうな気がするけど、ちょっと聞いてみるか」


 インカムを弄り、先輩との通信を繋げる。一応先輩とは繋がったものの、このまま会話しては紫暮さんに会話しているのがバレてしまう。なので、一手入れなくてはならない。


「先輩、会話しても大丈夫ですか?」


 すると……トンッ、トンッ、と二度インカムを叩く音が聞こえた。一度叩いた時はダメ、二度の時はセーフ。そうやって前もって決めていた。今回はセーフなようなので俺も安心して会話を開始した。


「そっちはどんな感じですか? あと、紫暮さんの様子は?」


『何もねぇよ。紫暮さんも今んところは平気だ。普通に人間だと思うんだが……警戒は解かないようにするけど、コイツをバケモノとは思えないぞ』


「……見てくれは確かに人間ですからね」


 動きも会話も、人と差はなかった。身体の動きにズレがあるだとか、そんなこともない。傍目からではどう見ても人間としか思えなかった。


『……そっちはどうよ?』


「こっちも同じくです。人っ子一人いませんよ」


『田舎には誰もいなかった、ってな。なんつ──』


 どうしようもないほど対処がしようのないクソみたいな駄洒落が聞こえてきたのでインカムの通信を遮断した。通信機越しに先輩の焦る声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。


「……何かあった?」


「いや、何も無かった」


「そっか」


 少しだけはにかんだ彼女は身体をぐっと伸ばしながら歩いていく。ふと、空を見上げた。ここでも星が綺麗だった。月はほとんど欠けてしまっているが、雲ひとつない綺麗な夜空だった。


「わぁっ……綺麗だね氷兎君っ」


 同じく空を見上げた七草さんも感嘆の声を漏らした。やはり田舎の空というのは綺麗だ。都会だとどうにも空が見えにくい気がする。それに、高層ビルが邪魔になる。田舎は高い建造物なんてないから、周りを見渡し放題だ。


「菜沙ちゃんにも、見せてあげたいな……」


「確かにな」


 きっと今頃アイツは一人寂しく待っていることだろう。そう考えると、ちょっと胸が苦しくなる。一人で帰りを待つというのは、やはり悲しいものだろう。彼女もきっとキュッとなる胸を抑えて眠ることだろう。キュッとなりすぎて断崖にならなければいいが。そもそも苦しくなるほどアイツは胸があっただろうか。七草さんならともかく。


「……任務じゃなければ、氷兎君と一緒にこの空の下をゆっくりと歩けるのにね」


 不意に言われたその言葉に、俺は内心ドキリとする。少しだけ体温が上がるのを感じつつも、俺は彼女に当たり障りのない返事をしようとした。


 ……その時だった。



 ───ァァァァァァァァッ!!!



 遠くの方で、高い叫び声が聞こえた。暖かくなった体温が一気に冷めていくのを感じる。むしろ背中には冷や汗のようなものまで出る始末だった。驚き硬直する身体に喝を入れるように、七草さんに声をかける。


「七草さんッ」


「うん、向こう側からだよねッ! 行こ、氷兎君!」


 彼女も顔をキッと引き締め、その場から叫び声の聞こえた方に走り出した。俺も夜間の身体能力を活かしてなんとか彼女に追いつく……が、どうにもやはり力が入らない。新月に近づくだけでここまで身体能力が下がるものなのか。


「氷兎君、平気?」


「大丈夫だ、急ごう」


 彼女の様子から、俺は彼女に追いつけたのではなく彼女が俺にスピードを合わせたのだと気がついた。流石に少しだけへこんだが、今はそんなことで失速していられない。一刻も早く現場に向かはなくては……。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 悲鳴の聞こえた場所は、先輩が担当していた区域だった。途中からは先輩に電話を繋げて場所を教えてもらいながら走っていく。出せる限りのスピードで走った俺と七草さんは10分もしないうちに先輩のところへと辿り着いた。人通りの少ない舗装されていない道端に、二人は立って俺たちを待っていた。


 周りに何人かの村人が集まってきている中、先輩は目敏く俺達を見つけたようだ。片手をあげてこっちに来いと合図している。周りの人達に、すいませんと言いながら先輩の元へと歩いていく。


「……どんな状況ですか」


「見た通り……ってとこだ。悲鳴は確かにここら辺だった。それに……ちょっと息を深く吸ってみろよ」


 言われた通り、肺いっぱいになるまで息を深く吸い込んだ。すると……なんとなく、微かに何かが混じった臭いがする。この臭いは……両親が死んでいたあの夜の時と同じ。血の臭いだ。


「……血ですか、これ」


「そうだな」


「多分相当な血液量だったんだろうね。消そうとしても臭いが残ってしまったんだと思う」


 紫暮さんが眉をひそめながらそう言った。ということは、ここで人が死んだのは間違いないのだろう。一応周りにいる人にも確認した方がいいのかもしれない。


「……周りの人には既に聞いておいたよ。二、三人外を歩いていた人がいたんだけど……本人は生きてるし、被害者じゃなさそうだ」


「………」


 紫暮さんが言うことは、まぁ確かに普通に考えれば当たり前と言えることだろう。だが……俺達が関わっているのは普通の事件じゃない。十中八九神話生物絡みの、異常な事件だ。普通の考えというのは切り離した方がいいと思うが……そう簡単にはいかないか。


「紫暮さん、その出歩いていた人達の顔と名前は確認しましたか」


「一応ね。とは言っても、子供が二人軽い肝試し感覚で外に出ていたのと深夜徘徊を担当している村の人だよ」


 聞くと、村人の何人かが深夜徘徊をして怪しい人物を探ろうとしているのだとか。流石に今となってはそれはやめてほしい。普通ならありがたいが、こんな状況じゃ被害者が増える一方になりそうだ。


 ……いやでも、人数が減ってないってことは被害者はゼロってことなのか? しかし悲鳴はあがるし、血液は撒き散らされるし……訳がわからない。


「……ねぇ、氷兎君。ここで誰か死んじゃったの?」


「いや……わからない。死体も被害者もいないからね。現状だと、幽霊が巫山戯てるとしか言い様がない」


 そう伝えると、七草さんは少しだけ身体を強ばらせた。怖がらせてしまっただろうか。だけど、幽霊の仕業と思いたいものだ。血液検査の結果が出てるのだから、それはないだろうが。


 ……ばらまかれた血液と、本人の血液が同じってことはすり替わってないってことなのか?


 悩んでも、今の段階では解答は疎か予想すら立てられなかった。


「……氷兎、今夜は一旦やめだ。昼になったら湖に行ってみよう。ここで探し回っても、多分イタチごっこだ」


「……そうですね。村人の中には怖がってる人がいるでしょうけど……今は、休みましょう」


 先輩の提案には一理ある。そう思った俺はその提案に頷き、四人で宿へと戻って行った。



 ……布団で意識が途絶える直前、また誰かの悲鳴が聞こえた気がした。



To be continued……

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