第18話 次の捜査目標
息を切らして民宿にまで辿り着き、すぐさま自分達に宛がわれた部屋へと向かう。部屋の扉を開けると、銃の手入れをする先輩と加藤さんがいた。急に忙しなく入ってきた俺に対して二人は怪訝な目を向けてくる。
「そんなに慌ててどうした? あの巫女ちゃんに告白でもされたか」
「これでも飲んで落ち着いた方がいい」
あまりの慌てぶりに、加藤さんがコップになみなみと注がれた麦茶を渡してくる。それを一気に飲み干して、息を全て吐ききるように出した。そして、持ってきた黒いカバーの手帳を二人に見せる。先輩も加藤さんも不思議そうに手帳を眺めていた。
「これが神社の裏手にある洞窟の中に落ちていました。先輩は場所わかりますよね?」
「あぁ、あそこか。んで、それは?」
「おそらくここに来ていた諜報員の手帳です」
そう伝えると二人の顔付きが変わった。先輩も銃を弄る手を止めて真剣な眼差しでこちらを見ている。事態が悪化し、急変した。ここから先どうするのか、真剣に考えていかなくてはならない。
「……それで、中身は読んだのか?」
「いえ、あの場で読んで誰かに見つかれば殺される可能性があると思ったので急いで逃げてきました」
「むしろそっちの方が怪しいんじゃねぇの?」
「まぁ、その発見した場で読むよりは正解だろう。とりあえず見せてくれ」
三人で丸くなるようにして部屋の中心に集まって座った。加藤さんに手帳を渡すと彼女はパラパラと捲りながら内容を確認していく。そして、全て見終わったのか彼女は手帳を置いて口を開いた。
「間違いないな、諜報員の物だ」
「となると……この集落の人達の証言は嘘ってことっすよね」
「そうなるだろう。揃いも揃って口裏合わせて、よくやるこったね」
「……では、確実に他殺であると」
「まぁ絶対とは言いきれないが、ほぼ百%そうだろうな」
はぁっとため息をついた加藤さん。俺も手帳を取って中身をパラパラと読み始めた。日記のような形で始まり、途中からは完全に捜査の内容を書きなぐっている。途中からは、走り書きでもしたのか解読の難しい字になっていた。そして、ある一部分でふと目が止まる。
「……天上供犠?」
「どうやら、儀式のようなものらしい。神様に供物などを捧げて豊穣の祝福を受け賜る様だ」
「………」
「どうした氷兎」
不思議そうに見つめてくる先輩と加藤さんに先程花巫さんと話していた内容を伝えた。儀式のこと、豊穣神のこと、そして……あの洞窟の中から聞こえた声のようなもの。
それらを聞いた加藤さんは顔を顰めて言った。
「どうにも、よろしくない展開がありそうだな」
「自分もそう思います。死体の捜索の必要は現状いいでしょう。できれば加藤さんにも聞きこみ調査をお願いしたいです」
「事態が事態だ、わかってるよ。手分けで聞き込みに行くとしよう」
「自分は明日この集落を纏めている村長の場所に向かおうと思います。揺さぶれば何かしら得られるかもしれません」
「なら、俺も手分けか?」
「いえ、先輩はできれば一緒の方が心強いです。言ってはなんですが……自分、朝だと一般人レベルなので」
困ったことに、夜にしかマトモに戦うことが出来ない。真昼間から何かあるとは思わないが、万が一だ。戦うことの出来る先輩が一緒にいてくれるのなら心強い。そう伝えると、先輩はニヤリと笑って快諾した。
「とりあえず方針は纏まったな。近日行われる天上供犠についての情報集めだ。洞窟内にいるであろう神話生物にもまだ手は出せない。下手につつけば大惨事になる可能性がある。やるにしても、住民の避難なども考慮しなければならない」
そう言って加藤さんは彼女の鞄の中から小さな黒い機器を取り出して俺と先輩に渡してきた。形状からして……これはインカムだろうか。随分と小さく、耳につけていても髪の毛で隠そうと思えば隠せてしまう。けれどマイクの部分がない。耳につけてみると、確かに加藤さんの声が機器から聞こえてきた。
「これから先は情報の即時通達が必要な時があるだろう。常時つけておいてくれ」
「……初日に渡せばよかったのでは?」
こんな便利なものがあるのならば初日に渡してくれればよかったのに。そうすればわざわざ携帯で連絡を取りあわなくても、簡単に情報の交換ができたのだ。そう伝えると彼女は少しだけ俯いて、ぎりぎり聞き取れるくらいの大きさの声で言った。
「……基本任務って一人だから……こんなの、存在忘れてたんだよ」
「あっ……」
「……氷兎、謝れ。とりあえず謝っておけ」
「いや待ってください、それ逆効果ですって」
「もういい……静かにしててくれ……」
がっくりと項垂れる加藤さんに、小声ですみませんと謝ってから居づらくなったこの部屋から出ていった。先輩が後ろの方で慌てた様子で呼び止めようとしていたが、ここはもう先輩に任せることにして俺は菜沙に電話をかけるべく民宿の外へと向かう。
……なんであんなに美人なのに彼氏とか任務仲間とかいないんだろうな、加藤さん。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
電話の向こうで少しだけ寂しそうな、さよならの言葉を聴いてから電話を切った。今日も彼女への電話はかけ終えた。流石にそろそろ先輩も加藤さんを慰め終えている頃だろう。
そう思い、民宿へと戻ろうとした時だ。ふと誰かの視線を感じた。気のせいだと思いつつも周りをぐるっと見回してみる。田圃があって、森があって、家が転々と建てられている。それだけだ。特に出歩いている人がいるわけでもなかった。
「………」
空を見上げた。月が煌々と輝いている。前は確か半月だったか。今の月は上弦の月、と言えばいいのか。満月でもなく半月でもない中間辺りの形だ。雲一つないその空に浮かんだ黄色の物体を見ていると、ふつふつと心の底から得体の知れない何かが湧き上がってくる気がする。
───やぁ。綺麗な月だね。そう思わない?
……声が、聞こえた。あの時の声だ。頭の中に直接響くようにしてその声は聞こえてくる。前は不明瞭で、色々な年齢層が混じったような声だったが、今聞こえてくる声は明らかに若い女性のような声だろう。しかし、高くもなく低くもない。不思議な声だ。聞いていると……寒気と安心感の相反する二つの気持ちが同時に湧き上がってきた。
───調査は順調そうだね。どう、私があげた力。ちゃんと使えてる?
……勿論、使えている。何かと助けられることが多い、と頭に響く声に対して返した。そして、同時に感謝の気持ちも伝えた。あの時力を貸してくれなかったら、俺は菜沙と七草さんを護れなかったのだ、と。
それを聞いた声の主──仮に
───アッハハハハハ!! あぁ、お腹痛い……だからヒトって見ていて面白いんだよね。まさか、私に侮蔑の念どころか感謝をするなんて!!
何がおかしいのか。力を貸してくれたからあの時助かったのだ。それに対して感謝をしないのなら、それは人として何か間違っているように思える。そう伝えても、女声はクツクツと堪えるような笑いをやめなかった。
───君も直にわかるよ。あの時感謝なんてしなければよかったって、思う時が来るさ。
彼女が一体何が言いたいのかまったくもってわからなかったが、本人がどうでも良さそうなのでこれに関してはもう特に言わないことにした。それよりも、あまり脳内に直接話しかけてくるのをやめて欲しい。ガンガン響いて頭痛がするし、なにより気分が悪い。まるで、自分の中にもう一人別人が入り込んだような気持ちになる。
───ふぅん。あまり同調できていないのかも。まっ、それは仕方のないことなのかもね。
……同調? そういえば、力を貸してくれた時に俺の身体に黒い水のようなものがまとわりついたんだったか。そうすると、もしや身体の中になにか入っているのか?
そう考えると、途端に気持ちが悪くなってきた。胃そのものが逆転しそうで、喉の奥になにか酸っぱいものが上がってきているのがわかった。吐かないよう、必死にとどめる。
そんな俺の様子を間近で見ているような様子で、女声はまたも
───今更悩んでも仕方のないことだよ。それよりも、大事なのはここから。君の行動を、ずっと見てるよ。私を楽しませてくれるのなら……そうだね……。また、別の力を君に貸してあげよう。
……上から目線の物言いだが、その申し出はありがたい事だった。なにしろ、日中はマトモに戦えないのだから、せめて昼間でも戦えるような何かが欲しい。かといって、日中三倍剣と比喩されるガラティーンとかを渡されても困るが。
───期待してるよ、『唯野 氷兎』
その物言いに、ニヤリと笑った誰かを幻視した。しかし……重要なのはそこじゃない。何故、俺の名前を知っている?
「おい待てッ。まだ話は終わっちゃいない……!!」
言葉を口にしたが、返事は返ってこなかった。最早誰の視線も感じない。あの女声は俺に干渉するのを一旦辞めたようだ。
「……なんなんだよ、お前……」
そうボソリと呟いて、右手で頭をガシガシと勢いよく掻いた。この際、あの女声が自分の名前を知っていたことはどうだっていい。現状介入する気もなさそうだ。
ならば、することはもう決まっている。この集落で起きた事件を終わらせなければ。ただの殺人事件では片付かないだろうと、今の段階でも十分予知できる。ここからはもう、命懸けの捜査になることだろう。
……嫌な胸騒ぎが、身体の中で暴れ回る。抑えつけるように深く息を吸いこんで、吐き出した。一向に気分は晴れないが、もう戻って眠るとしよう。明日はきっと、忙しくなるだろうから。
To be continued……
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