春告げの迷い子 第5話

 人の声が聞こえてきて、ランファは足音を忍ばせた。岩陰に隠れて、もれてくる灯りの方をそっと窺う。クルルも足元で立ち止まり、ふんふんと鼻を動かしていた。

 出口につながってるのかな……?

 先程の灯りは坑道に沿って窓のように開けられた穴からもれていた。見張り台になっているようで山賊が一人、穴の前に立っている。

「まったく、ひまな仕事だぜ。おおい、てめえらしっかり働けよ!」

 やる気なさげに山賊が大きく広がった穴の向こうに声をかけた。その奥から金属がぶつかるような固い音がいくつも響いてくる。

 何やってるんだろう?

 山賊が背を向けているのをいいことに、ランファは身を乗りだした。穴の向こうにはどうやら空間が広がっているようだ。しかし、ここからではろくに何も見えない。もっとよく見ようと、さらに身を乗りだした時だった。

 踏み出した足が、じゃり、と小石を踏んでしまった。

「誰だっ!?」

 慌てて岩陰に隠れるが、山賊が近付いてくる。

 ど、どうしよう!

 どこか身を隠す場所はないかと視線を巡らすが、ここは坑道。むき出しの岩壁が続くばかりで、ランファが隠れられそうなところはない。

「おい、誰だ? 交代の時間か?」

 すぐ傍まで迫った声に、ええい! と意を決してクルルを見た。ざっと地面を踏みしめて姿を現した山賊目がけてクルルが飛びかかった。

「うわっ!?」

 突然のことに怯んだ山賊に、ランファも勢いよく突っ込んでいく。構える間もなくランファの渾身の体当たりを喰らった山賊は、体勢を崩して倒れ込んだ。そのまま山賊はぐったりと動かなくなってしまった。

「死んでないよね?」

 呼吸を確かめて、ほっと胸を撫で下ろした。

「だ、誰かいるのか?」

 突然響いた声に、ランファは跳ねあがった。しかし辺りを見回すが人の姿はない。

「討伐隊なのか?」

 もう一度、恐る恐ると声がかけられた。クルルが穴に向かって駆け出した。どうやら穴の向こうから声がしているようだ。ランファも立ち上がって声のする方に近づいた。

「……っ!!」

 穴の向こうに広がる光景に、ランファは息を呑んだ。

 ただの穴だと思っていた空間は、飛び降りれば怪我ではすまないほどに下に深く広がっていた。そこに数十人もの男たちが、長い鎖に繋がれて手枷を嵌められていた。手にはそれぞれ採掘道具が握られている。

「嬢ちゃんは……?」

 話しかけられて、ランファは我に返った。

「みなさんは……、ちょっと待ってくださいね」

 穴の入口に固定された縄梯子を見つけた。それを素早く下ろす。

「クルルはここで見張りをしててね」

 クルルが尻尾で返事をするのを見てから、ランファは男たちがいる場所へと下っていった。

 男たちは目の前に現れたランファをぽかんと見つめた。

「ごめんなさい、私は討伐隊ではないんです。みなさんは一体……」

「俺たちは山賊に捕まった鉱夫や討伐隊だ。新しく見つかった鉱脈で、この通り無理やり働かされてる」

 どこか見覚えのある男が、一歩前に出た。

「嬢ちゃんは、こんなところで何をしてるんだ?」

 視線を合わせるように腰をおとした男に、ランファは、ああ! と声をあげた。

 昨日の夢に出てきた人だ!

「どうしたんだい?」

 男は目を瞬かせている。

「いえ、なんでもないです。私も山賊に捕まっちゃって……、でも討伐隊の人が助けてくれます。みんな一緒に逃げましょう!」

「本当か?」

「助かった!」

 ランファの言葉に、疲弊した男たちが喜びを滲ませる。

「はい! とにかく、ここから出ましょう。手枷の鍵はどこに……」

「見張りが持ってるかもしれん。とりあえず、鎖さえ外れれば逃げられる」

 男が近くにいた人に採掘道具で鎖を外すように指示をした。一際固い音が響いたかと思うと、男を繋いでいた鎖が落ちた。

「みんなも鎖を外すんだ。俺は見張りが鍵を持っていないか見てくる。手伝ってくれるか、嬢ちゃん」

「はい!」

 二人は縄梯子をのぼって、未だのびたままの山賊の懐を探った。指先に固い感触を感じて引っ張り出すと、じゃらりと鍵束が出てきた。

 男は鍵束を受け取って、ひとつひとつ鍵を合わせて確かめていく。

「どうして鎖があんなに簡単に鎖が外せるなら、今まで逃げなかったんですか?」

「逃げようとしたら見張りが輝光石を投げ込むと脅されていたんだ。こんな場所で投げ込まれたら全員生き埋めだ」

「そう、だったんですか……」

 それからしばらく声はなく、ただガチャガチャと鍵の音だけが響く。ふと、男が口を開いた。

「このまま、ここで野垂れ死んでいくんだと思っていた」

 その声が泣きそうに聞こえて、思わずランファは男を見つめた。ぐっと何かを堪えるように男が瞳を伏せる。

「ありがとうな、嬢ちゃん」

「ランファです」

 笑ってランファが言った。

「そうか、ランファちゃんか。おれは明芳だ」

「明芳さん……」

 明芳の泣きそうに笑う顔が誰かと重なった。

 あれ? もしかして――

 明芳の手を握ってランファが口を開いた瞬間。どこかで轟音が響いた。次いで、地響きのような音が続く。

「な、なんだ? 山賊か!?」

 周囲を見回して男たちが騒ぎ始めた。

「明芳さんはこのままみなさんの手枷を外してあげてください。私が見てきます!」

「ランファちゃん!?」

 みんなを絶対に帰すんだ、という思いが強くランファを突き動かす。この先で何が起きているのか、この目で確かめなくてはいけない。

 どんなに恐ろしいことが待ち構えていたとしても。

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