快眠業者 ⅩⅩⅩⅡ

 館の一室。食堂のように、長いテーブルにシルクのクロスを敷いたものが中央に設置されている。しかし、食べ物や食器や皿の類は見当たらない。あくまで会議のためのしつらえだ。


「――じゃあ、改めて」

 なが加奈かなは居佇まいを正した。快眠請負人が、日本の……否、世界の睡眠について、大きな変革をもたらすための第一歩である。

「短期目標……できる限り短い時間で達成できる、負荷とスケールの小さい目標ゴールを設定しましょう」

「お願いします」

「……わたしが?」

「ふたりで、です。挨拶のつもりです」

「ですよね、ビックリした」


「――まず」

 快眠請負人は紙束をいくつか机上に乗せた。手書き、あるいは印刷の文字が無数に踊っている。

「私の『能力』のまとめです。信じがたいかも知れませんが……今は信じるしかないかも知れませんが、この世には呪術的な力が、超常の力が存在します」

 加奈は神妙な顔つきで頷く。わかってはいた。驚くようなことではない。そうでなければ、自分と快眠請負人はのだから。

「そして……超常の力は、科学の力をあるいは超え……あるいはこれに達さず、そして、人類の理解を外れたところにします」

「……」

「必ずしも超える……というものではない点にご留意ください。科学技術の方が効果・効率・安全性、全ての面で上回るということも考えられます。実際、私の催眠能力にしたって、状況次第で市販の睡眠薬を使った方が遥かに良いということもある」

「……睡眠薬には副作用があるじゃないですか。快眠さんの能力は、そういうのが……」

「身体的な副作用は今までのところ確認されていませんが、精神的には大きな負担です。貴女を見ていると、それがわかった」

「……」

 加奈は膝の上で拳を握った。

「精神負担は看過できません。心の歪みはいずれ身体をも蝕む。それは、当初の理念から逸脱している……話が逸れましたね」

「いえ、私のせいです」

「お気になさらず。話を戻しますが、精神負担を無視できないという点では、私の力はある意味、市販の睡眠薬よりも余程危険ということになります。無論、全力で制御はしていますが」

「なるほど……」

「とどのつまり、力とは無闇に振るうものではない……という結論に達します。どんな物事にもメリットとデメリットが付きまとう。万能の策など存在しない」

「……それはそうですよね」

「ですが――いえ、ゆえに、と言い換えても良いかもしれない。この力は使うことさえできるなら、きっと」

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