だからわたしは旅をする

 高いお金を払ったわりに、宿からの景観はイマイチだった。

「そりゃあんた、騙されたんだよ」

 近所のベーカリーのおばさんは、よく日に焼けた顔を歪ませて笑った。

「お嬢ちゃんもお金を貯めてこの国に来たんだろう? 目的はなんであれ、ね。そりゃあここはお嬢ちゃんの国みたいに裕福じゃない。だからみんな必死に生きてる。時には手も打つさ」

 わたしは厚意で淹れていただいたお茶を啜りながら、おばさんの話を聞いていた。上等な生地の服、油を塗りつけた髪。そのどれもが、わたしの国ではごくありふれた若い女性の装いだ。

 この国はそうではない。

「お茶、ごちそうさまでした」

 わたしはぺこりと頭を下げ、ベーカリーを辞した。感謝の印として、大きなバケットを購入した。


 この国の中でも、この地域では山間やまあいに街を作ったらしい。路面は石畳で坂が多く、天に向かって建物を積み重ねているみたいに見える。

 道行く人の肌はよく焼けていて、浅黒い。まだ日は高く、街を出歩いている人のほとんどが労働者だろうと思われるが、その表情に曇りはない。みんな笑顔だ。めいめいに籠を背負ったり自転車を漕いだりしている人たちが、他愛もなく会話をして、流れる時間を過ごしている。



 海外旅行が好きだ。こうやって、その土地の風俗や文化を肌で感じるのが。そして、さっきのベーカリーみたいに、現地の人にその場所での生き方について教えられることも、得がたい経験だ。わたしの住む東方の国は、せせこましくてせわしない。皆が皆、何かに追い立てられているような生き方をしているのだ……もちろん、そういう一面ばかりではないとわかっていても、時々、そのに耐えられなくなる。

 それでわたしは、旅をする。荷物は小さくまとめる。お土産用の鞄は持つが、買いすぎない。そうやって体験したことを、何か思い出に残る小さな品に変えて、祖国に帰ったらそれを見ながら旅を懐かしむ。一連の流れが肌に合っていると気づいてからは、わたしはひまを見つけては旅をしていた。


「……さて」

 公園で現地の子どもたちと童心に帰ってはしゃいだあと、わたしは重い腰を上げた。どうせ旅も明日で終わる。泊まっていた宿のボッタクリに、ちょっと文句をつけてやろう。ベーカリーのおばさんはああ言っていたが、わたし自身は納得していなかった。交流で仲を育むだけじゃなく、時には諍いすらも、貴重な経験だとわたしは思っている。


 夕暮れが近い。少し登ったところにいくと、水平線までよく見えてとても綺麗だった。


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