汚れた前線
目立たない、白い商用のステーションワゴンを運転して、会社の地下駐車場に入った。下請けの取引相手を装って、これから社屋に潜入するのである。
今どきセキュリティ用にICカードも導入していないとは、社屋の見た目に反してロートルな会社だ。そもそも幸芽のことを疑いもせずに招き入れた。こんなところに上半期の売上を抜かれたのだと知れば、上層部は涙を流すだろう。自社に愛着も誇りもない幸芽には、到底理解できそうもない感情だ。
「ようこそお越しくださいました。当社は……」
ここから長々とした説明を受け、出されたお茶に口をつけながら業務内容を確認する。付け焼刃の知識とはいえ、相手との会話に齟齬が生じなかったのは幸いだった。業務提携の最終確認をした後、幸芽は切り出した。
「差し支えがないのであればですが、社内を見学させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、勿論」
先方は笑顔を浮かべて立ち上がった。
計画通りだ。
幸芽は社長室前の廊下、大型会議室、喫煙所と3階の女子トイレに盗聴マイクを仕掛けた。少しサイズが大きいが、スマホから操作ができて音声データまで送ってくれる代物だ。上層部やクライアントに対する評判や反応、社内での次のプロジェクトの動きや、この会社だけが掴んでいる業界のマル秘情報……そういったものを「知ることができれば儲けもの」というスタンスで盗む。幸芽は本物の取引相手ではないうえ、偽名を使っているので事が発覚する頃には煙のように消えている……という寸法だ。
潜入先を辞する。この商用車もフェイクだ。車種はわかっても、ナンバーが一致する車はもうすぐ存在しなくなる。そういうことになっている。
効果はすぐには出ない。長い時間をかけ、真綿で首を絞めるようにして、ライバル会社を表舞台から消す。ひょっとしたら、幸芽が一線から退く日のほうが早く訪れるかもしれない。
そういう仕事だ。否、正確には誰かの仕事や誇りを踏みにじる、外道の行いだ。
幸芽は思う。いつか手痛いしっぺ返しが来る、と。その時までに、何社を潰すことができるのだろうか。
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