サイコガール!!!

 船が港を出て数時間、一等客室で寛いでいると、突然部屋のドアがけたたましく叩かれた。

 すわ沈没か。わたしは心中を過る死の不安を掻き消すようにドアを開けた。

「なんです⁉ 沈没⁉」

「縁起でもないこと言わんでください!」

 目の前には船員服の、くたびれた様子の中年男性が立っていた。


おくさんですよね。当社にお母様からのお電話が入っておりまして、お継ぎした次第でございます。一応、携帯電話のほうにもご連絡されたようですが、お出にならなかったと…」

「母が?」

「ええ。急いでおられるようでした」

 船内を歩きながら、不審に思う。母は一人暮らしで、この度娘が7泊8日の船旅に出かけるということは承知している。その母から電話。なんだろう、父に何かあったのだろうか。10年前に離婚して以来、連絡は取り合っていない筈だが。

「こちらです」

 船長室と思しき場所のドアが開かれる。わたしは無警戒に踏み込んだ。瞬間、後ろから湿った布を口元に押し当てられた。

(しまっ――)

 薄れゆく意識の中で、あのときケータイを確認してればよかったな、と悔恨の念が湧き上がってくるのを感じたが、すぐに意識を失った。



「…………に……とは……」

「……かし……ネだ………るんじゃ…」

 気づくと、四肢を縛られた状態で冷たい床に転がされていた。相変わらず地面はふわふわと揺れている。とりあえず、まだおかの上ではないらしい。

「よう。目覚めたか」

 ガラの悪い男が、わたしの顔を覗き込むようにして声をかけてきた。息が酒臭い。

「なっ…なんのつもり!?」

 とりあえずテンプレ的なセリフを吐いてみる。本当は超能力サイコキネシスでいつでもこんな拘束は解けるのだが、ここは興が乗るほうを優先する。こういう演出は大事だ。わたしは演出家志望だったこともあるのだ。すぐに諦めたけど。

「ヘヘヘ、まぁ悪いようにゃしねぇよ。奥田家ってのは資産家なんだろ? こいつぁタンマリ頂けるかもしれねぇ…!」

 男は下卑た笑いを浮かべながらナイフの刃を舐めた。そして舌を切って血を出した。アホだ。

 ふとよこをみると、船長と副船長らしき人も縛られて転がされている。

「もしかして……シージャック!?」

「そよ!! 残念だったなぁ、たのしいクルーズが地獄に変わっちまったぜえ!!?」

「…そう」

 いい気分になっているところ悪いが、そろそろわたしも縛られているのに飽きてきた。

「あなたたちはふたつ、計算違いをしている。ひとつは、わたしは別に資産家の娘じゃない。そしてもうひとつは……」

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