砂の噺

 私は砂浜にしゃがみ込んだ。といっても、服が汚れるのは嫌だから、お尻はつけない。

 波のざわめきを楽しむのだ。ただただ平和で、俗世からかけ離れた水の音が耳に心地よかった。

 少しの間そうしていたか。にわかに雲が濃くなり始め、私は急いで車に戻った。

「…帰ろ」

 キーを取り出したその時、不意に車の窓が叩かれた。

 見やると、切羽詰まった表情の女の子が外に立っていた。どうしたんだろう。とりあえず窓を開ける。

「助けてください!」

 間髪入れず、女の子は叫んだ。見たところ中学生かそこらくらい。オレンジ色の水着姿だが、髪も身体も濡れておらず、どこから来たのかもわからなかった。

「中に入れて、早く!」

 今にも泣き出しそうな表情で、女の子は叫んだ。ただごとではなさそうだ。私はロックを解除し、彼女を乗せた。

「は、早く動かして…!」

 途切れ途切れに女の子は言う。相当に焦っているようだった。私は頷き、車を発進させた。直後、大粒の雨が降り出した。

 よかった。ほっと胸を撫で下ろす私の後ろで、女の子は深く嘆息し、そしてこう呟いた。、と。

「助かった……って?」

 見たところ誰かに追われている風でも、かといって誰かを探している風でもなかった。彼女はいったい、なぜ私に助けを求めたのだろう。

「はい。ありがとうございました、助けていただいて。危ないところでした」

「あ、危ない?」

「順を追ってお話ししたいんですけど、長くなるのではしょりますね。実は私……なんです」

 ……砂?

「そうです。だから雨に降られるとまずいんです」

「…な」

 待って待って。事態が読めない。

「……どういうこと!?」

「正確には濡れると、ですね。雨が降らなかったらあそこにいたんですが」

 砂? この子が? 思わず後ろを仰ぎ見る。どこにでもいそうな普通の女の子だった。この時期に水着であることを除けば、特に違和感もない。

「まぁ、いろいろあるんだと思ってください。私にもよくわかってないし」

 女の子は破顔した。よくわからないのは私のほうだ。しかし女の子は、それ以上のことは話してくれなかった。


「あ、あそこの寿司屋で下ろしてください」

 しばらくドライブしたいと言ったので街中を流していると、彼女が唐突に言った。寿司屋。砂の擬人化にはミスマッチなチョイスである。

 仕方なく従い、車を停める。ありがとうございます、と車を降りて、彼女は店の中に入っていった。

 ……不思議なこともあるもんだ。雨はいつの間にか上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る