仮面舞踏会

 仮面舞踏会。

 文字通り仮面を着けた人々が参加する舞踏会のことだ。中世のヨーロッパ、主に王室など、地位の高い人々の間で好まれた催しである。起源は仮装行列や婚礼など、貴族的な祭典に伴う遊興といわれている。現代風にいえばコスプレとか、VヴァーチャルRリアリティでのアバターを被ったオフ会とか……比較的近いのがそういったものだろう。。私はそういうふうに考えている。


 洒脱で華やかなロココ形式のローブ・ア・ラ・フランセーズを身にまとい、金メッキに縁取りされたベネチアンマスクで目元を隠す。そこに、花嫁のようなヴェールと一体化した帽子を被れば完璧だ。絵に描いたような「仮面舞踏会」の賓客が完成である。足元だけは現代的なパンプスだが、ピンヒールで踊り回る気にはなれなかった。

『お集まりの皆様、只今より当行主催、仮面舞踏会を開催いたします。会場の中央に……』

 会場ではこれまた現代的なアナウンス。風情も何もあったものではない。そう言いつつ、私も会自体をスマホで予約している。利便性と引き換えに失ったものの軽重は、私には計れない。

 最初の曲は円舞曲ワルツだった。オーソドックスでリズムに乗りやすい。私は目立たない歩幅で、「待ち合わせ場所」のテーブルのそばに移動した。

 間もなく、「相棒」が私の傍にやって来る。マエストロ帽にペストマスク、金糸の装飾が素晴らしい赤のビロード上着、眩しいばかりに白いトレアドール……菜々香ななかは闘牛士の格好を選んだようだ。背も高く、スタイルもいい彼女は、そっと跪いて私の手にキスを落とした。


 踊りながら、互いに愛の言葉を囁きあう。菜々香と付き合って既に2年半、私なんかには勿体ない女性だと常々思っているが、こうして踊っていると、彼女を独り占めしているという事実が高揚感を駆り立てる。

 ただの舞踏会なら仮装の必要はなかった。ただ、ここには会社の同僚も来ている。そして菜々香は他部署。噂が広まるのは信じられないほど早い。互いに、傍目にはわからないような格好をして、会い、バレるかもしれない、というスリルの中で、踊る。

「ふたりで抜け出さない?」

 低いのに、甘い声。脳が蕩けそうだ。

「駄目、私、まだこうしていたい」

 負けじと甘えた声を出す。首筋に絡める。ベネチアンとペストでこんなことをするのも、なんだかおかしい。

 違う自分だけど、いつものふたりだ。


 曲が終わる。今度は私から、菜々香の手にキスをする。

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