天使と青春

 4月から新しく配属された養護教諭のしまぶくろ先生は、若くて可愛くて優しくて、それでいて頭はいいという、まさに保健室を預かる者として完璧なまでの才能を全て兼ね備えた存在だった。

 生徒人気は高い。余程のことがない限り、怒ったりしないからだ。そんな小学校の延長みたいなメンタルでいいのかと思うこともあるが、生徒の士気高揚に繋がっているのなら致し方ないだろう。


 私はたなひとみ。この中学校で現代国語を教えている現役教師だ。年齢的にはアラサーに差し掛かる頃だが、浮いた噂の一つもなく、実家の両親や故郷の親戚には大きなお世話としか言いようのないお節介を焼かれている。無論、私もそういう…恋愛とか、してみたいと思ったことはある。


「……島袋先生?」

 放課後、保健室の扉を開く。大概、誰かしら生徒の相手をしている島袋先生も、今はひとり黙々と書類を書いていた。

 彼女は私の声に振り向くと、生徒たちを射止めたとびきりの笑顔を返してくれる。生徒と分け隔てのない態度で、万人に向けて与えられる微笑みであることを認識し、嬉しくなると同時に、少しだけジェラシーが胸をよぎる。

 私は、。同僚だし、歳も故郷も違うけれど、付き合っている。

「瞳〜!」

 名前を呼んで抱きついてくる彼女を抱き止め、頭を撫でてあげる。女生徒同士でこういうスキンシップをしているのは校内でもしょっちゅう見るし、私自身中高生の頃はよくこうして友人同士じゃれ合っていたが、大人になってからはそんな経験もほとんどない。だから、当初からスキンシップの多い島袋先生に、私は正直、かなりしまった。

「会いたかったよぉ〜」

「授業さえ終わったら会えるじゃないですか。大袈裟な」

「大袈裟じゃないってば〜。急に出張とか入ることもあるし、会えるときに会っておかないと」

 いい子いい子、とばかりに頭を撫で返してくる。「やられている」のは私のほうばかりではないらしい。告白も島袋先生のほうからだった。交流の末に付き合った、というよりは、なんとなく互いにピンときた……というほうが正しいかもしれない。私も付き合う前から、彼女のゆるい性格に意図せず惹かれていた。

「そいや瞳、再来月誕生日だよね。何か欲しいものとかある?」

「気が早くないですか…?」

「えへへ。だって好きなんだもん」

「………」

 またそういうことを。いつもこの調子だ。

 青春を始めるのに遅すぎることはないというが、今が私にとってのそれ、なのだろうか。

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