五里霧中

 何度見ても信じられなくて、目を擦ってまで確認する。

 C。夢でも幻でもない。夢にまで見た第一志望は、夢の中に消えようとしている。

(……嘘でしょう?)

 2年3学期、初っ端の模試がこの惨状。1年、いや、中学の頃から努力してきた私にとって、この判定は死の宣告にも等しい。

(ごめんなさい……みや先輩……!)

 地元の女子バレーチームで、ひときわ美人かつエースを務め上げた間宮先輩は、バレーボールを極める傍ら、苦学生として勉学にも励み、国公立へ進学。後輩たちにもモテモテで、私もご多分に漏れず、永遠の憧れだった。

 そして、私も後を追おうと決心した。目指すは難関K大学。偏差値67、倍率は50の魔境だった。勿論、私だって並々ならぬ努力をしたし、バレーボールも続けた。あの人の隣に並び立ちたかった。

(どうしよう)

 しかし、絶望。先の見えない黒いベールが掛かったみたいに、私は打ちのめされた。


あささん」

 沈んだ気分で弁当を食べていると、厭味ったらしい声が私の名を呼んだ。

「……なに? 今崎いまざきさん」

 今崎なみ。クラスカースト最上位にして、クラスを裏から操る「女王様」。顔と成績と運動神経以外は最悪で、裏を返せば確かな美貌と才と能力を有している。

 私はこいつが嫌いだった。嫌い、というより、クラス替えのときにぶつかった。間宮先輩をバカにされたのだ。私は逆上して、気がついたらなんと、こいつの鼻を潰していた。

 罪悪感はあったが後悔はしていない。文字通り鼻っ柱をへし折ってやったのだ。

 それが、今度はお返しとばかりに、私が鼻っ柱を折られようとしている。

「どうだったの? 今年のセンター」

 今崎は小憎たらしい微笑を浮かべて見下ろしてきた。負けじと睨み返す。

「答える義務が?」

「ないけどぉ……もし、もしもよ? 浅田さんが憧れの間宮先輩を追っかける権利すら得られなかったとしたら……いくらなんでも可哀想じゃん?」

 ね? 嘯く瞳の奥に、ドス黒い嗜虐が覗く。今崎は例の一件以来、何かと私に絡んでは不快な思いをさせてくる。私たちの仲は険悪だった。

「……だから?」

「だからさぁ」

 ぐい、と頭を掴まれる。耳に今崎の吐息がかかった。鳥肌が立つ。

「あたしが勉強、見てあげよっか」

 そのまま、耳の中に向かって囁かれた。悪寒が脊髄を駆け上る。

「……ふざけんな」

「えぇ〜? じゃあいいの? 間宮先輩と同じとこ行けなくっても?」

 ……返答に詰まる。殺意にも似た熱を、身体が帯びる。

「……どうする?」

 嘲笑を前に、私の心は揺れ動いていた。

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